すまほむ~Smartphone-type homunculus~
庄司卓
00/はじまり、はじまり~~
00-01/はじまり、はじまり~~:その1
「……はい?」
唐突に切り出されたその話に
「あの、生徒会長……。いまなんて……」
生徒会長の
「江崎さん、君に湯川秀人くんの面倒を見て欲しい。つまり彼の再教育をして欲しいんだ」
「はぁ……」
再度、繰り返されてもマリナは相変わらず怪訝な顔だ。
「あの~~、どうしてあたしがあいつの再教育をしなきゃならないんですか?」
少し下手に出るマリナだが、それでも不快感は隠しきれない。
特に『あいつ』の響きには何とも言えない微妙なニュアンスが感じ取れる。
それが何を意味しているのか、川端の隣りに座っていた生徒会書記はまったく分からなかった。
一方の川端生徒会長は事情を察しているのか、相変わらずのポーカーフェイスでマリナに念を押す。
「そりゃあ江崎さんが最適だからね。恐らくこの学園で一番、彼についてよく知っているのは江崎さんだろう?」
「だから!」
思わずマリナは声を荒らげてしまった。
「どうしてあたしがあいつの面倒を見なきゃならないんですか! そもそもあたしは中学時代の秀人はよく知らないし、それだったら川端くんの方が……」
そこまで言いかけてマリナはようやく我に返る。川端はさておき書記がぽかんとこっちを見ているのに気付いて慌ててその場を取り繕う。
「ええと、ほら! だってね、川端くん……。じゃなくて生徒会長もあいつとは……。いえあいつじゃなくて、湯川くんとは幼馴染みだし……」
そんなマリナにようやく川端はポーカーフェイスは崩して笑みを浮かべた。
「まったく、江崎さんがそんな態度になるのは
「……な!」
マリナは頬を真っ赤にしたまま言葉に詰まってしまう。何を言っていいのか分からず、ただ口をぱくぱくさせているマリナに構わず川端は続けた。
「僕もそうだけど、江崎さんも秀人とは幼馴染みだからな」
川端のその言葉で書記はマリナの様子に多少は合点がいったようだ。一つ肯いてから議事録にその事を書き留めようとする。
「いや、今回は生徒会として公式の案件ではないから、記録には残さなくてもいい」
そんな書記を横目で見やり川端は少し強い口調でそう言った。生徒会長にそう言われたのでは仕方が無い。書記はばつの悪い笑みを浮かべて議事録のノートを閉じた。
「お、幼馴染みと言ったって、あたしが一緒だったのは小学校の時だけだったし、中学時代はまったく連絡取らなかったもの。川端くん……、じゃない川端生徒会長の方がその辺は詳しいんじゃないですか?」
「まあ確かに詳しいと言えばそうなるんだろうけど……」
川端は珍しく少し言いよどんでから続けた。
「ある日いきなり変貌したわけでもなく、気がついたらそうなっていたという感じなんだ。僕も何が切っ掛けになって秀人があんな振る舞いに出るようになったのか。ちょっと記憶にない」
「ちゃんと聞いたの?」
少し呆れたようにマリナはそう尋ねた。
「いつもの通りに返されたよ」
そう言って苦笑する川端に、隣に座った書記も笑みを浮かべる。どうやら秀人なる人物の『いつもの通り』は学園の生徒たちにとっては周知となっているようだ。
「川端生徒会長でもそんな調子じゃ、あたしの出る幕じゃないわよ。……とにかく! あたしはこれ以上、秀人には関わり合いたくないの!!」
そう言うなりマリナは制服のスカートを翻して、生徒会室のドアの方へ向き直った。川端はそんなマリナの背中に向かって言った。
「江崎さんも秀人の変化は気になってるんじゃないか」
ドアへ方へ歩みかけたマリナの足が止まる。そしてしばしの沈黙の後、マリナは絞り出すように言う。
「あいつがあたしに話したくないのなら別にいいわよ。中学の時だってそうだったし、今もそうなんでしょ!」
やれやれ……。そう言いたげに苦笑と共に髪を掻いた川端は、その場に立ったままのマリナへ続けた。
「江崎さんだって、秀人の件をこのままにしておきたくないだろう?」
そのひと言にマリナはいきなり振り返った。気色ばんだ顔でそのまま川端と書記が座るデスクの前に戻るとまたもや声を荒らげる。
「川端くん! 何をどこまで知ってるの!!」
思わぬ声量に書記は思わず耳を押さえる程だ。
「小学校の頃からギガホンとか戦略核声器と言われた声量は相変らずだな」
「声が大きいのは生まれつきです!」
川端に反論してマリナはさらに声を張り上げた。
「まぁ待て。江崎さん。そんなに大きな声だと生徒会室の外にも聞えるぞ」
そう言われてマリナは慌てて口を自分の手で押さえた。その隙に川端は話を進める。
「僕も今の秀人が分からないのは事実だ。今のあいつを理解するにはちょっと立ち位置を変えてやらなきゃならないと思うんだが、それは残念ながら僕には無理なんだ。それには江崎さんの方が適任なんじゃないかな」
「あたしだって、あんな変人は理解できません!」
マリナがそう反論してくるのは川端も予想済みだったようだ。即座に切り返す。
「人間の根っこの部分なんてそうそう変わらないよ。秀人は秀人だ」
「でも……」
口ごもるマリナに川端は重ねて言った。
「基本の部分が一緒なら、あとは教育次第だ。秀人が何の意味もなくあんな行動を取るはずがないのは江崎さんも分かっているだろう? 根っこの部分は同じでも、その発現方法に問題がある。だから再教育と言ったんだよ」
「それは……、まぁ分からなく無くもないけど」
迷っているのかマリナは言葉を濁す。
「それにあの人も心配しているようだからね」
マリナのその態度にあと一押しと見た川端は最後の切り札を使った。案の定、マリナは関心を示した。
「あの人?」
問い返すがおおよそ見当は着いていそうだ。マリナは眉をひそめてみせる。
「研究所部の有名OBといえば分かるだろう」
「あ~~……」
マリナはうんざりとした顔で生徒会室の天井を仰いだ。
「でもあの人の影響で秀人があんなになっちゃったんじゃないの?」
天井を見上げたままそう尋ねるマリナに川端は頭を振る。
「残念ながらそれは違うんだ。あの人と知り合う前から、徐々に今みたくなっていた。それに秀人の方からあの人に教えを請いに行ったらしいんだ」
「う~~ん」
マリナは腕組みしながら考え込んでいたが、しばしの後ようやく決心が付いたようだ。
「まあいいわ」
嘆息してそう言った。
「なにかうまく乗せられたような気もするけど、どっちにしたってあたしのところに迷惑が回ってきそうだからね。それならこっちから先制攻撃に行くまでよ」
「ありがとう」
そう言う川端にマリナは少し厳しい視線を送る。
「相変わらず強引なのね。正直、その点は昔から好きになれないわね」
「知ってるよ」
ポーカーフェイスに戻った川端はそう答えてから付け足す。
「放課後になりしだい副会長の大江さんが、執行部員と一緒に部室明け渡し交渉をすると言っていたからね。やってくれるんなら、早くして貰えると有り難い」
「まぁどうせやる事もないからね」
そう答えるとマリナはきびすを返して生徒会室から廊下へ出るドアへ向かう。そして自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
「きっちり再教育してやるわよ」
どうせやる事もないというマリナのひとり言が引っかかったのだろう。マリナが出て行った後で、書記は生徒会長に視線で尋ねるが川端は答える気などさらさらないようだ。すぐさま別の話題に移った。
「そのうち大江さんが怒鳴り込んでくるだろうから、その前に他の仕事を片付けておこう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます