第32話 哀れな結末

 尻もちをつき、必死に後ずさる鳴海。

 先ほどまでの尊大な態度が嘘だったかのように、その顔には冷や汗が滴り、声は震えていた。


「ま、待ってください!」


 奏多は冷ややかな目で鳴海を見下ろす。

 その眼差しには、相手への軽蔑の色が濃く滲んでいた。


「まだ得意げに何かを言うつもりか?」

「いえ、そうではありません! 敗北を認めます! ですから、どうかお見逃しください!」


 鳴海の哀願に、奏多は一瞬、思案するような表情を浮かべる。

 しかし、すぐにその目が鋭く細められた。


「今さら、その言葉を素直に信じてもらえるとでも?」

「信じてください! 心を入れ替えました! もう二度と、このようなことはしないと誓います」


 奏多は無言で鳴海を見つめ続ける。

 その沈黙に、鳴海は更なる焦りを感じた。


「その証拠に、今から彼らの洗脳を解きます! それでどうか信じていただけないでしょうか!?」


 自分勝手な物言い。

 信じるに足る根拠はなく、奏多に応じる義理もない。

 ここで処分してしまうのが、どう考えても合理的な判断。


 しかしその直後、奏多の口から出た言葉は意外なものだった。


「本気で言っているんだな?」

「っ、も、もちろんです!」


 鳴海の顔に安堵の色が浮かぶ。

 しかし、奏多の目は依然として冷たいまま。


「なら、今すぐ奴らへの洗脳を解除しろ。誤魔化そうとしたら、その時は分かってるな」

「え、ええ! 今すぐに!」


 奏多が見守る中、鳴海は洗脳を解除する。

 すると周囲の信者たちから戸惑いの声が上がった。



「うっ、俺はいったい何を……」

「どうなってるんだ?」

「体中が、痛い……」



 突然の事態に、まだ状況が呑み込めていないのだろう。

 奏多はそれを一瞥した後、再び鳴海を見下ろす。


「本当に解除したみたいだな」

「もちろんです! この期に及んで嘘など尽きません!」


 笑顔を浮かべる鳴海。

 だが、その仮面の下には別の表情が隠されていた。


(――な、わけがないでしょう!? 馬鹿め! この程度の演技で騙されるとは……所詮、武力に秀でていただけのガキだったのですね。この世界の頂点に君臨するのは、私のような智に秀でた天才のみ。それを今から証明してみましょう!)


 チラリと、鳴海が奏多の背後に視線を送る。

 そのうちの数名は鳴海を見て、わずかに頷いた。


(確かに全員の洗脳自体は解除しましたが、高砂や吉沢以外にも、私に心から付き従っている者たちはいます。信者共の洗脳が解けたと油断している今のコイツになら、不意打ちが刺さるはず!)


 鳴海は内心の歓喜を隠しつつ、奏多に向かって頭を下げる。


「ありがとうございます! ありがとうございます! これからは確かに、心を入れ替えて生きることを誓います!」


 その間にも、数人の信者が静かに武器を手に取り、奏多の背後に忍び寄っていく。


(さあ、今です!)


 鳴海の心の声に呼応するように、彼らは一斉に攻撃を仕掛ける。

 勝利を確信する鳴海。



 しかし、その直後――



「――……へ?」

「……あ」

「うわあああああああ!!!」



 奏多がその場に立ち尽くしたまま、背後からの襲撃者に反撃を浴びせたのだ。

 その全てが、彼の背後から迫っていた仲間たちを絶え間なく切り刻む。


「ば、かな……」


 血飛沫が舞う中、鳴海は目を見開く。


「どうして、これすら、見抜いて……」

「初めから、お前を信用するわけないだろ」


 奏多の声は冷たく、その目には一片の感情も宿っていない。


「ここにいるうちの何人が、洗脳によって強制的に付き従っているかまでは分かっていなかった。一人一人、力尽くで聞き出すのは面倒だと思っていたからちょうど良かったよ。お前の悪巧みのおかげで、手間がかからずに済んだ」

「そこまでを、読んでいたと……? 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……」


 信じられず、同じ言葉を繰り返す鳴海。

 しかし、彼は既に悟っていた。

 目の前のイレギュラーな存在――【NoName】。彼を異端たらしめているのは実力だけではない。

 武など霞むほどの、圧倒的な知略と覚悟によるものだと。


「戯れはここまでだ。今度こそ終わりにしよう」

「っ、待――」


 鳴海の言葉は途中で途切れた。

 空に一筋の剣閃が描かれ、次の瞬間、鳴海の首がポトリと地面に落ちる。

 開かれたまま静止した目からは、涙の雫が落ちていた。


「ふー」


 奏多はゆっくりと息を吐き出す。



 かくして、一周目では日本に恐怖を齎した『新世紀会』は、奏多の手によっていとも呆気なく壊滅するのだった。

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