第二章

第26話 閑話 元パーティーの末路(後)

 奏多と祈が【魔帽の指揮者ウィザード・コンダクター】を討伐する少し前。

 彼ら――土村たち一行は、攻撃を受けながらもかろうじて【蔦鎧の守護者アイヴィー・ガーディアン】から逃げ出すことに成功していた。


 ただ、ここは『迷いの森』。

 【蔦鎧の守護者アイヴィー・ガーディアン】を撒いたところで簡単に抜け出せるような場所ではなく、そのまま半日以上も彷徨さまようことになった。

 その後、土村たちは満身創痍になりながらも、なんとか『迷いの森』を抜け出すことに成功。

 抜け出した先は、何の因果か第10階層のボス部屋前だった。


 土村は息を切らしながら、ゆっくりと口を開く。


「まさかこんなところに出るとはな。そういや、『迷いの森』をうまく突っ切ったらボス部屋までショートカットできるって聞いたことある気が……」


 まさかこんな形で実行することになるとは思っていなかった。

 とはいえ喜ぶことはできない。ここからボスを倒すわけにもいかないし、『グロウスタウン』まで戻らないといけないことを考えたら気が重くなるからだ。


 誰もが先の見えない絶望に打ちひしがれる中、ふと一人のパーティーメンバーが声を上げた。


「ねえ見て。ボス部屋の前にいるの、白河と昨日絡んできた男じゃない?」

「……え?」


 土村は顔を上げ、そして気付く。

 そこにいたのは黒髪の青年と銀髪の少女。紛れもなく、佐伯奏多と白河祈の二人だった。


 しかも彼らは、今まさにボス部屋に入ろうとしている。

 つまりはボスに挑戦する気ということ。

 事態を飲み込んだ土村は、思わず失笑を漏らした。


「ハッ、馬鹿じゃねえのか!? 10階層のボスと言えば、40レベル――昨日遭遇したバケモンと同じだぞ!? そんな魔物を、アイツら二人で倒せるはずがねえ!」


 興奮気味に叫ぶ土村だが、その声は二人に届かない。

 奏多たちがボス部屋に足を踏み入れると扉が閉まり、ボス挑戦中か知らせるための魔石が赤く染まる(通常時は青色)。

 それを見て、土村はさらに気分よく笑い声を上げた。


「ちょうどいい。ここでアイツらがコテンパンにやられるのを待とうぜ。どうせ数分もしないうちに終わるはずだ、あの二人の全滅によってな!」


 土村はそう言い放つ。

 パーティーメンバーもそれに同調し、二人の敗北を待ち望んだ。


 ――しかし、彼らの願いはまさかの形で裏切られることとなった。




 二人がボス部屋に入ってから、約10分が経過。

 にもかかわらず、魔石の色が変わる様子はない。


「チッ、いったいどうなってやがるんだ!?」


 土村は思わず悪態をつく。

 あの二人がボス相手に、ここまで耐えられるとは想像もしていなかったからだ。


 しかし、次の瞬間だった。

 ボス部屋の扉に設置された魔石が、青色に変わる。

 それを見た土村はニィッと意地の悪い笑みを浮かべた。


「ハッ、思ったよりは粘ったようだが、ようやく終わったのか。白河の奴も可哀そうに。あんな素人に騙されたせいで、命を落とすことになって――」


 余裕の表情で呟く土村。

 それとほぼ同時に、突如としてダンジョン中にが響き渡った。



『ランキングの更新をお知らせします』

『冒険者【NoName】によって本ダンジョンの第十階層、最速踏破記録が更新されました』



「……は?」


 そのアナウンスを聞き、土村の顔が見る見る青ざめていく。

 それは他のメンバーも同様だった。


「ちょ、ちょっと待ってよ、10階層ってここのことよね?」

「ってことは、まさか……」


 彼らの脳裏に、ある考えが浮かび上がる。

 今、ボスに挑んだのは紛れもなく佐伯奏多と白河祈の二人。

 白河が【NoName】でないことは明らかな以上、つまりあの黒髪の男こそ――


「ね、ねえ、アイツ、装備が整ってないにしては異常に強かったわよね?」

「改めて思い返してみれば、歴戦の風格があったというか」

「あ、ああ……確かに……」


 パーティーメンバーの動揺した声。

 それに対し、土村は納得できないとばかりに思わず叫び返した。


「いやいや、だったらどうしてアイツが白河なんかとパーティーを組んでるんだよ!? 白河はただの足手まといのはずだろ!?」

「……それが、私たちの勘違いだったとしたら?」

「は?」

「ほら、よくよく考えたら昨日から私たちの調子が振るわないのって、白河がいなくなってからじゃないかなって。それであの男は白河が役に立つことを見抜いた上でパーティーに誘ったとしたら、辻褄が合うというか……」


 仲間の言葉に土村は息を飲む。

 だがすぐに、彼はその考えを否定した。 


「ふざけるな! そんな馬鹿なこと、あるわけ……」


 言葉の途中で、土村は思い当たる節があった。

 第1階層攻略時、明らかに周りのペースより遅かった自分たち。

 それがペースアップし始めたのは……他でもない、白河祈が仲間になってからだったのだ。

 自分たちが成長したから、才能が目覚めたからだと考えていたが、もしこれが全て勘違いだったとしたら――


(いやいや、そんなはずは……俺たちは実力で……)


 必死にその考えを振り払おうとするが、そう上手くはいかなかった。

 今の彼らでは、明らかに以前のような力は発揮できていない。

 白河の能力で強化されていた可能性が、痛いほど理解できてしまうのだ。


 だが、最後にプライドが邪魔をする。

 頭では理解していても、土村の心はそれを認めることができなかった。


「あ、ありえねえ! そんなはず、俺が間違ってるわけがねえんだよ!」

「「「………………」」」


 残された土村にできることは、ただ愚直にそう叫ぶことだけ。

 彼ほどではないが近い感情を持つパーティーメンバーたちもまた、同じ考えを抱き続けるのだった。



 ◇◆◇



 あれから数日後。

 土村たちは自分の考えが間違いであったことを証明するかのように、高難度のフィールドに次々と挑んでいく。

 だがその度に彼らを待っていたのは、惨めな敗北の連続だった。


 そんな中、苦肉の策として仲間を増やそうと試みるも上手くいかない。

 あれだけ人前で白河祈を罵倒した結果、パーティーの悪評は瞬く間に広まっていたのだ。


 そして土村は気付く。

 白河を追放したことが、全ての分岐点だったのだと。

 実力があると自負していた矜持は、あっけなく砕け散った。

 残されたのは、骨身に染みる喪失感と、消えない後悔だけ。


「俺は、なんてことを……」


 その後、パーティーは呆気なく解散することに。

 全ては土村たちの驕りが生んだ結果。

 最終的に彼らは、誰一人としてチュートリアル階層を攻略できないまま、夢見の摩天城から姿を消すのだった――



――――――――――――――――――――――――――――


土村たち視点の話からになってしまいましたが、第二章開幕です!

作者的には『チュートリアル階層編』までが本作のプロローグとなっており、ここから面白さが加速していく予定なのでぜひ楽しみにお待ちください!

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