第7章: 高校生活と新たな挑戦

1. 新たな学校生活の始まり


中学校を卒業し、悠斗は新たな気持ちで高校生活を迎えた。中学校での経験が彼に自信を与え、その自信を胸に抱きながら、悠斗は新しい環境に足を踏み入れた。彼の心には、「もう二度と過去の自分に戻らない」という強い決意が根付いていた。中学校での成功体験や、自己改革に向けた努力が彼にとっての支えとなり、これからの高校生活を自分の手で切り開いていこうとしていた。


高校の最初の数週間は、悠斗にとって未知の世界への挑戦の日々だった。新しいクラスメートとの出会い、広くて複雑な校舎や慣れない教室、そして全く異なる授業スタイルや課題に、彼は戸惑いながらも期待と興奮を感じていた。中学時代に得た自信は、彼の心を支え続けていたが、それでも新しい環境に順応することは簡単なことではなかった。


クラスメートたちが次々に友達を作り、楽しそうに過ごしている姿を目にするたびに、悠斗は不安や焦りを感じることもあった。自分がこの環境に本当に馴染めるのか、また新しい友達ができるのかという思いが、彼の胸に常に残っていた。しかし、彼は過去に戻らないために前に進み続けることを選んだ。中学時代に克服した孤独や不安は、彼にとって大きな教訓であり、同じ過ちを繰り返さないための強い意志が彼の行動を支えていた。


高校生活が始まって最初の週、クラスで自己紹介の時間がやってきた。自己紹介の順番が近づくにつれ、悠斗は心臓が高鳴るのを感じた。かつての彼なら、沈黙してしまうか、言葉が出なくなってしまっていただろう。しかし、今の彼は違った。


担任の先生は、悠斗の様子に気づき「無理しなくていいよ」と優しく声をかけてくれた。だが、悠斗は静かにうなずき、心を落ち着けた。そして、ついに自分の順番が回ってきたとき、彼は大きな一歩を踏み出す決心をした。


自己紹介が始まると、悠斗は言葉をしっかりと紡ぎ出し、自分の名前や趣味などをクラス全員の前で話すことができた。その瞬間、彼は自分がまた一つ殻を破ったと感じた。教室の中に流れる静かな拍手が、悠斗の心に温かさを与えた。彼は、これからの高校生活が自分にとって新たな挑戦の連続であることを再確認した。


2. 弓道部との出会い


高校生活が始まって数週間が経った頃、学校では新入生に向けた「対面式・部紹介」というイベントが行われる日がやってきた。この日は、放課後に全ての新入生が体育館に集まり、各部活動が持ち時間を使って自分たちの活動を紹介する時間だった。新しい環境でどの部活動に参加するかは、これからの高校生活を大きく左右する選択であり、多くの生徒にとってこのイベントは大きな意味を持っていた。


体育館に入ると、新入生たちはクラスごとに整列し、それぞれの部活動がどのようなものかを期待と共に待ちわびていた。悠斗もその中に混じり、どの部活に参加しようかと迷いながら、静かに他の生徒たちの様子を見守っていた。彼は新しいことに挑戦する意欲はあったが、具体的に何を選ぶべきかまだ答えが見つかっていなかった。


部紹介は、運動部や文化部がバラバラの順番で登場し、各部活動が持ち時間を使って自分たちの魅力をアピールしていく形で進められた。各部活動が一斉に自分たちの部の良さをアピールし、特に運動部はその活気とエネルギーを存分に見せつけた。


その中で、悠斗が特に注目したのは、弓道部の紹介だった。弓道部の紹介は、体育館に設置された大きなスクリーンに映し出される動画から始まった。映像には、厳かな雰囲気の中で弓を構え、矢を放つ部員たちの姿が映っていた。特に、3年生の女子部員がゆっくりと弓を引き、集中力を高めて的を見据える様子が印象的だった。静寂の中、彼女が放った矢が見事に的に「中る」瞬間が映し出され、体育館内の新入生たちから感嘆の声が上がった。


悠斗はその映像をじっと見つめていたが、特に弓道に対して強い興味を抱いたわけではなかった。ただ、その静かでありながらも凛とした雰囲気が、どこか心に残ったのだ。


紹介が終わると、体育館は再びざわめきに包まれ、部活動ごとのブースや場所に向かって新入生たちが移動し始めた。クラスメートたちはそれぞれ興味のある部活動へと足を運んでいったが、悠斗はまだどの部活に入るべきかを決めかねていた。そんな時、クラスでできたばかりの友達、陽介が悠斗に声をかけた。


「悠斗、弓道部を見学しに行かないか?」


陽介の提案に、悠斗は少し驚きながらも、「行ってみるのもいいかもしれない」と思った。特別に弓道に惹かれていたわけではなかったが、何か新しいことに挑戦したいという気持ちがあったからだ。


放課後、陽介と共に弓道部の見学に向かった悠斗は、初めて近くで見る弓道の練習風景に圧倒された。静寂の中で弓を引く部員たちの姿、矢が的に中る音、そして彼らの集中力や緊張感が、悠斗の心に強く訴えかけてきた。彼は、その場の雰囲気に飲まれつつも、どこか心地よい感覚を覚えた。


その日、悠斗は弓道部の練習をじっくりと見学した後、陽介と共に帰路についた。自分に弓道ができるのだろうか、という不安とともに、「挑戦してみる価値があるかもしれない」という期待が心に生まれ始めていた。


3. 弓道部への入部


高校1年生の春、悠斗は新たな挑戦として弓道部に入部することを決意した。新しい環境に対する期待と緊張が入り混じる中、放課後に弓道部の部室を訪れると、先輩たちが静かに練習に取り組んでいた。悠斗は少し緊張しながらも「入部希望です」と伝え、部長が温かく迎えてくれた。「ようこそ弓道部へ」との言葉に、悠斗はほっとしながらも、新たな挑戦に胸を躍らせた。


弓道部では、まず基礎練習から始まった。射法八節と呼ばれる弓道の基本動作を一つ一つ丁寧に学び、筋トレやストレッチなど体作りにも力を入れた。悠斗は弓を手にし、的に向かって矢を放つ感覚に心を奪われていったが、練習に十分に参加できない日々が続き、技術の向上に焦りを感じることもあった。


4. 1年生の生徒会活動とコミュニケーションの課題


高校に入学して間もなく、悠斗は生徒会活動にも興味を持ち、生徒会長選挙に立候補することを決意した。場面緘黙を克服したばかりの悠斗にとって、大勢の前で自己を表現することはまだ不安が残る挑戦だった。結果として、会長や副会長には選ばれず、書記兼会計の役職に就くことになった。


生徒会での役割は多忙を極めた。担当の先生は厳格で、定例会や打ち合わせが頻繁に行われたため、放課後の時間は生徒会活動に多く費やされた。弓道部の練習には十分に参加できない日が続き、技術の向上が思うように進まないことに悩みながらも、悠斗は学業に励んだ。特に数学に対する興味が強く、勉強に熱心に取り組んだ結果、1年生の終わりには数学検定2級を取得することができた。


しかし、場面緘黙を克服したばかりの悠斗は、まだコミュニケーションに不慣れで、周囲との関係に苦労していた。特に、数学をはじめとする勉強が得意だったことから、無意識のうちに他人を見下すような発言をしてしまうことがあった。このような態度は、かつての父親の影響もあったのかもしれない。父親が厳格でありながらも時折見せる見下した言動が、知らず知らずのうちに悠斗の中に根付いていたのだった。


その結果、クラスメイトとの間に壁ができ、悠斗は孤立することが多くなった。自分の思いをうまく伝えられない焦りと、周囲からの冷たい視線に、悠斗は苦しんだ。弓道部でも、生徒会でも、クラスメイトとの間に距離を感じることが多くなり、彼は次第に心を閉ざしていった。


5. 2年生からの飛躍


2年生に進級すると、生徒会の担当の先生が交代し、活動の効率化が進んだことで、定例会の頻度が減少した。このおかげで、悠斗は弓道部の練習に多く参加できるようになり、弓道の技術向上に本腰を入れることができた。


練習時間が増えたことで、悠斗は射法八節の動作を徹底的に見直し、特に矢を放つ「離れ」の瞬間を鋭く出すことや、会をしっかり保つことを意識した。また、YouTubeを活用してプロの選手や強豪校の射法を研究し、自分の技術に取り入れるなど、練習時間を最大限に活用した。


2年生の後半になると、悠斗は学年の中でもトップクラスの射手として知られるようになった。かつては思うように上達しなかった弓道も、今では力強く、安定感のある射ができるようになり、部内でも一目置かれる存在となった。また、彼の態度も次第に柔らかくなり、クラスメイトとの関係も改善しつつあった。


このように、悠斗は1年生の時に直面したコミュニケーションの課題を乗り越え、2年生では弓道と学業の両方で大きな成長を遂げていた。


6. 弓道部での成果と自信の向上


2年生の後半、悠斗は弓道部での練習を通じて着実に成長していた。矢を的中させる確率が上がり、試合形式の練習でも安定した結果を残せるようになってきた。学年全体で特に目立つ存在ではなかったものの、部内では着実に評価が高まり、後輩からも信頼されるようになっていった。


弓道で培った集中力や忍耐力は、学業にも良い影響を与えていた。特に数学に関しては、1年生の終わりに取得した数学検定2級の知識を基盤に、さらに深い理解を目指して勉強を続けた。その結果、数学の成績は安定して良好だったが、それだけでなく、社会科目、特に歴史総合や公共でも優れた成績を収めるようになった。


悠斗は歴史総合では日本史や世界史の細かな部分にまで興味を持ち、資料集や参考書を読み込みながら学びを深めていた。公共においては、政治や経済の仕組みについての理解が深く、授業中にも積極的に発言するようになった。さらに、履修していない倫理の分野でも、自主的に学習を進めた結果、履修者と遜色ないほどの知識を身につけていた。


7. クラスメイトとの関係改善**


2年生に進級した悠斗は、弓道部での成長とともにクラスメイトとの関係も次第に改善していく。1年生の頃は、無意識に他人を見下すような発言をしてしまい、クラスで孤立することが多かった。しかし、弓道部での地道な努力が実を結び始め、自分に自信が持てるようになると、その影響が日常生活にも表れるようになった。


弓道の練習を通じて得た精神的な安定と忍耐力は、クラスでのふるまいにも自然に反映されるようになる。悠斗は、以前よりも落ち着いた態度でクラスメイトと接するようになり、他人の意見を尊重し、耳を傾ける姿勢が身についてきた。それにより、クラスでのグループ活動や普段の会話の中でも、徐々に悠斗を避けるような雰囲気が和らいでいく。


また、クラスメイトも悠斗の変化に気付き始め、彼に対する見方が少しずつ変わっていく。以前は距離を置かれていたが、今では自然と会話が増え、時には冗談を交わすような場面も増えてきた。悠斗はその変化に戸惑いつつも、嬉しさを感じながら、クラスの一員としての実感を少しずつ深めていった。


クラス内での関係が改善されるにつれ、悠斗の心にも余裕が生まれる。弓道部での成果や日々の努力が認められていくことで、悠斗は自分の居場所を見つけつつあると感じ始めていた。クラスメイトたちとの絆も深まり、かつての孤独な日々とは異なる充実感を味わいながら、悠斗はさらなる成長を目指して前に進んでいく。

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