第5章: 淡い恋と苦い別れ

1. 新しい出会い


中学2年生の夏、悠斗の世界に一つの変化が訪れた。彼が唯一の逃げ場としていたオンラインゲームで、偶然にも彼女・**葵(あおい)**との出会いがあったのだ。葵は、同じゲームを楽しむ他校の先輩で、ゲーム内で自然に会話を交わすうちに、お互いを気にかけるようになった。


悠斗にとって、葵との出会いは衝撃的だった。オンライン上では、言葉を文字にして表現することができたため、彼は少しずつ自分の気持ちを伝えることができた。現実世界では沈黙していた彼も、文字を通じて自分を表現することができる葵との時間が次第に楽しくなっていった。


「悠斗君って、なんか独特な雰囲気があるよね」と葵はある日、チャットで言った。悠斗はその言葉に一瞬戸惑いながらも、続けて打たれた文字に心を揺さぶられた。「でも、それがすごく好き。」


葵の言葉は悠斗にとって特別なものだった。彼女が彼を「好き」と言ってくれたことで、悠斗は初めて誰かに認められたような気がした。これまで自分を抑え込んできた壁が、少しずつ薄れていく感覚があった。


そして、二人はゲーム内での交流を続けながら、次第に現実でも会うようになった。最初の出会いは、公園での待ち合わせだった。悠斗は緊張でいっぱいだったが、葵は笑顔で迎えてくれた。「今日、会えて嬉しい」と葵が言ったとき、悠斗は心の中で温かい感情が湧き上がるのを感じた。


2. 淡い恋の始まり


悠斗と葵は、付き合うことになった。現実の世界で初めてできた彼女は、悠斗にとって大きな存在となり、彼の心に光をもたらした。葵はいつも優しく接してくれて、悠斗の言葉がなくても彼の気持ちを感じ取ろうとしてくれた。


葵とのデートは、彼の心を少しずつ癒していった。映画を見たり、カフェで話をしたり、そしてまた公園を散歩したりするたびに、悠斗は彼女と一緒に過ごす時間が特別であることを感じていた。葵が手を差し出し、悠斗の手を握った瞬間、彼は自分が誰かにとって必要とされていることを実感した。


しかし、幸せな時間は長く続かなかった。二人が付き合い始めてから約1ヶ月が過ぎた頃、悠斗はクラスメートたちからの嫌がらせを受け始めた。SNSでの嫌がらせは、まるで毒を含んだ矢のように彼の心に突き刺さった。


「なんであんな奴と付き合ってるの?」、「葵ちゃん、もっといい人がいるんじゃない?」という匿名のコメントが、彼らのSNSに次々と投稿された。葵のもとにも同じようなメッセージが送りつけられ、彼女はその度に心を痛めた。


葵は悠斗にそのことを伝えようとはしなかったが、次第にその重圧が彼女にも影響を与え始めた。彼女は、悠斗との関係が原因で自分が孤立してしまうのではないかという不安に駆られ始めたのだ。


3. 嫌がらせと心の揺らぎ


SNSでの嫌がらせが続く中、悠斗の心にも暗い影が差し込んでいった。葵のことが好きであるにもかかわらず、自分が彼女を苦しめているのではないかという罪悪感が彼の心を重くしていった。彼女にかかる圧力を感じるたびに、悠斗は自分が彼女のために何もできない無力さを痛感していた。


葵もまた、嫌がらせの影響を受けていた。彼女は悠斗との時間を楽しむ一方で、SNSでの攻撃が心に暗い影を落としていった。「どうして私がこんな目に遭わなければいけないの?」という思いが、次第に彼女の中で大きくなっていった。


ある日、葵はついに悠斗にこう切り出した。「悠斗くん、最近ちょっと疲れちゃって……ごめんね」。悠斗はその言葉に驚き、何かを言おうとしたが、言葉が出なかった。葵は続けて、「私たち、少し距離を置いた方がいいかもしれない」と言った。


その言葉は、悠斗の心に大きな衝撃を与えた。彼女が自分を遠ざけようとしていることが、どうしても信じられなかったが、葵の瞳に浮かぶ不安の色が彼にはっきりと見えてしまった。


「悠斗くん、他に好きな人ができたの」と、葵は絞り出すように言った。その瞬間、悠斗の心はまるで何かが崩れ落ちるような感覚に襲われた。葵が本当にそう思っているのか、それとも嫌がらせから逃れるための方便なのか、悠斗には判断がつかなかった。


4. 苦い別れ


葵からの別れの言葉を聞いた悠斗は、何も言えなかった。彼の心の中で何かが凍りついたように感じたが、それでも彼女の気持ちを受け入れるしかなかった。


二人はその日、いつも通りの場所で別れたが、悠斗はまるで自分の一部が失われたかのような感覚に囚われていた。彼にとって、葵との関係は初めての「人とのつながり」だった。それを失ったことは、彼の心に深い傷を残した。


その夜、悠斗は眠れなかった。彼は何度もスマートフォンを見つめ、SNSの通知を確認したが、葵からのメッセージは一切届いていなかった。代わりに、彼のタイムラインには、匿名の悪意あるコメントが溢れていた。


「結局、あの子も離れていったね」「やっぱり、あんたと付き合うなんて無理だったんだよ」といった言葉が、悠斗の心にさらに傷を広げていった。彼はその言葉に反論することもできず、ただ静かにスマートフォンの画面を消した。


葵との別れから数日が過ぎたが、悠斗の心には深い悲しみと孤独感が残ったままだった。彼は再び、誰とも話せない世界に戻っていった。葵と過ごした時間があまりにも輝いていたからこそ、その失われた光が彼をさらに暗闇に引きずり込んでいった。


学校では、再び悠斗の存在感は薄れ、誰も彼に話しかけることはなくなった。彼はただ、クラスの片隅で静かに時間を過ごし、家に帰ると再び一人きりの時間を過ごすだけの日々が続いた。


しかし、悠斗は心の中で一つだけ決意したことがあった。それは、もう一度自分自身を取り戻すために、少しずつでも前に進もうということだった。葵との出会いと別れが彼に与えた影響は大きかったが、それを糧にして、彼は再び歩き出そうと心に誓ったのだ。

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