在った海

R

第1話

 昔はここにも海があった。幼い頃の僕の記憶だ。


 変わり果ててしまった。何もかもが。今はただ一面に広がる焼け野原、崩れたビル、廃虚がどこまでも続いていた。


 第四次電気戦争が起こったのはほんの数年前のことだ。たった2年か3年。人類が何百年もかけて築いてきたものを壊すには十分すぎる時間だった。


 昔は海が広がっていた。


 僕は母に連れられて、よく海を見に行った。すの頃はすでに、地球の原生自然環境そのものがほとんどなく、海が残っているというのは本当に珍しく、貴重なことだった。僕は海がしょっぱいということを教えてもらい、その不思議に、神秘に、心を震わせた。遠くから眺めるだけだったが、それでも僕は圧倒されて、その魅力を肌で感じていた。


 本当は海があった。


 13回目の電気革命が起こった年、海は突然閉鎖された。周りは高い壁で覆われ、何も見えなくなった。海の匂いも、風も、全部が消え去った。

 そして世界は大きく動き始めた。


 翌年、そこには大きな工場と飛行場、そしてただただ広いアスファルトの地面があった。そこが、第四次電気戦争の中心地だった。


 本当は、海も、人も、全部ここに在った。


 戦争が始まってから、色々なものがどんどんなくなっていった。明かりが消え、建物は壊れ、もちろん人だってたくさん死んだ。僕の家族だって例外じゃなかった。

 僕が兵役に行っている間、母は死んだ。帰ってくると、住む場所はなかった。街は跡形もなかった。あらゆるものが壊れて、無くなって、僕は暫くただ茫然と日々を過ごした。


 昔は海があった。


 数年後、戦争はいつの間にか終わった。気付けば街は復興の道を辿っていた。僕の周りは確かに動き始めていた。いつしか海があった場所は平らなアスファルトになっていた。


 それでも僕は、もう独りだった。知っていた街も、人も、何もかも、海と一緒に消え去ってしまったようだった。


 今日、久しぶりに海のあった場所を訪ねた。そこに立っていると、昔とは違う風が、戻らない今を伝えに来た。僕はどうしようもなく、涙が溢れてきた。涙は地面に落ちると、アスファルトに染み込んでいった。以前はここに、確かに海があって、波があって、潮があったのだ。涙は止まらなかった。

 僕の涙はきっと海よりもしょっぱかった。

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