Vesper——夕空のきらめき星

 もう少しで夏本番だった。ララナはいつも通り芝生に寝そべって、午後の家の手伝いをさぼっていた。緑の丘の上には草の匂いのする風が泳ぎ、ララナの薄い赤茶色の髪の毛を揺らしていく。葉っぱが耳のそばでさわさわと音をたて、丘の下の教会から三時を告げる鐘が鳴り出す。

 青が薄くなり始めた空で、雲がゆるやかに流れていく。ふわふわの塊が通り過ぎるのを眺めながら、ララナはぼんやりとあることを考えていた。


 ——もしこの町の伝説が本当だったら……。


 幼い頃から母や父、祖父母から何度も聞かされてきた、この町の古い古い物語。それは小さいララナにとってはまるで夢物語のようで、知っている話なのに聞くたび胸を躍らせた。

 今はもう、御伽話おとぎばなしに憧れていた子供時代はずっと前に卒業した。でも、年頃の娘となった今でもまだ、その話を思い出すと変に心がたかぶってくるのだ。

 トティーナの町の伝説。

 昔々、このトティーナの町には一人の天使がいたと言う。その天使はトティーナの町のどこか、人の見えないところにいて、人々の生活を見守っていた。

 そして天使は、一年に一度だけ、友である森の精霊に会うことができたという。彼らは会える日をずっと待って、待って、待って、そしてその約束の日、太陽が地平線に顔を出す前から、星が深い夜の空に瞬くまで、幸せな時を過ごすという。

 でもそれは一年でたった一度だけ。彼らの深い友情にはとても足りない、空がひと巡りする一日だけ。

 夜の星座の愛情のもとに、湖から明かりが灯る日に。

 そして森に緑の木々と生命の息吹がある時に。

 彼らは共に、また会えた喜びを分かち合うのだった。


「はるか昔のほんとのお話……」


 思わず口から溢れる最後の一節。

 この話を聞くのはいつも寝る前だった。眠くてうつらうつらしていて、最後の文を聞く時は何だか夢の中で聞いている気分だった。甘い甘い魔法の言葉みたいに響いていた。はるか昔、ほんとのお話? ぼんやりとした頭の中で、言葉がふわふわと遊んでいた。夢うつつの中で聞く言葉。でも不思議と一番心に残った。

 ララナはもう、お休み前の御伽話おとぎばなしが必要な子供ではない。大体、そんな御伽話おとぎばなしが現実じゃないかと考える方が馬鹿よね、とか思って自分で自分に呆れたけれど、今日は一日中、同じ言葉が頭の中から離れなかった。

 はるか昔のほんとのお話。

 誰がいつ語り出したのか。それは今ではわからない。

 きっと……。

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