思い出図書館
うに流
序章
その図書館に行くのは、今や何人目かわからない。一人目のコンゴの女性と二人目のウズベキスタンの老人は二人ともその経験を夢と判断し、持ち帰った本の存在にも気づかず情報が出回らなかった。三人目のインドネシアにいた男性がやっと借りた本に気づいたが、ネット上で話題になるには数ヶ月かかった。話題になるまでの間、世界の色々な場所で「他人の記憶」を持ち帰った人々が現れた。それらに反応し、調査に乗り出す人間が現れるまでにはまた半年ほど必要であった。
吉村という男がその調査チームのメンバーで、図書館に赴いたであろう人物を徹底的に調べ上げていたのだが、しかしその図書館について質問すると彼らは尽くこう口にする。
「よく覚えてない」
そもそも持ち帰った本に書かれているのが他人の記憶だとなぜわかったのか、というとこれはまったくの偶然である。十二人目のジョージというアメリカ人の男が、持ち帰った本がどこにも売られていないことを良いことに、少し文章を変えたうえで内容をそのまま書き写し、本として売ったのがきっかけである。その本の内容が自分の人生とまるきり同じだと主張する女性が現れ、裁判になり、結局ジョージは敗訴になったうえ多額の罰金を払わされた。当然の報いではあった。しかし、ジョージの事件によって本の存在を知ることができたのは、当調査チームにとって僥倖ではあれど、奇禍ではない。
吉村はとりあえずジョージの記憶を引き出すことに専念した。
「で、確認したいんですが、それは図書館ではあったんですね?」
「さあ」
「本を『借りた』という記憶はあるんですよね?なぜ彼女の記憶を選んだんですか?」
「知らねぇよ。そんときの俺に聞いてくれ」
「では他に覚えていることを…」
「あのさあ」
だがジョージは気が立っていた。いやそれよりも盗作だのプライバシーの侵害だの、そもそもルールを破る人間、さらに敗訴し多額の金を取られた人間に詰め寄る吉村もおかしかった。
終いには凶器を持ち出され、吉村はほとんど追い立てられた形で、サンフランシスコの暗い通りに出た。
ジョージで最後だった。他のデンマーク人、台湾人、オーストラリア人からもやはり何の収穫も得られなかった。唯一頼れる人の記憶をもとに調査するというのに、誰も何も覚えていないというのはあまりに酷な話である。
日本人で図書館に行った人間はまだいない。いやもしかするといるのかもしれないが、吉村や他のメンバーの調べではいないということになっている。
世界中からアットランダムに訪問者を選ばれている状況。ペースからすると、自分が選ばれる頃には自分は死んでいるかもしれない。あるいは今このときに呼ばれてしまうかもしれない。できることなら今、呼ばれてほしいものだ。吉村はそんな幻想と希望に浸りながら、一人歩みを進めた。
思い出図書館 うに流 @onegin
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