第13話 『優良物件』
体が子どものものに変化してしまって数日経っても、状況は変わらなかった。
目を覚まして、体を確認してから落胆するのが日課になりつつあるフィオラは、無為にひきこもっていても精神が鬱々としてくるだけということに気付いた。
休みだから休むにしても限度がある。『暇を潰す』という行為から縁遠い日々を送ってきたフィオラなので、余計に何もしないでいるのが落ち着かない。
(魔法の研究は実地が欠かせないし……かといって他に趣味があるわけでもないし)
ルカに『仕事中毒』と称されたように、自分はちょっと仕事に偏重しすぎていたのかもしれない、とフィオラは思った。
だからといっていきなり趣味が湧き出るわけもない。
しばらく考えたフィオラは、ひとまず暇を潰す道具を持っている人物を訪ねることにした。
「なるほど。そういうわけで、わたしのところに来たんですね。確かに読書は、時間を潰すのに有用です。とりあえず何冊か見繕いますね」
フィオラが向かったのは魔法使いの宿舎の中、数少ない友人の部屋だった。
ダリア・カゼッリという名の彼女は、無類の本好きとして有名で、部屋の床が抜けるのではないかと噂されるほどの蔵書を有している。
ちなみに本人曰く、「床? もちろん、抜けないような魔法をかけているに決まっているじゃないですか」だ。彼女の部屋では密かに本が増殖しているのではないかと思ったことは一度や二度じゃない――そんな惨状の部屋を訪れるのは、少し久しぶりだった。
普段は仕事に関係する本しか読まないフィオラだが、何か彼女のお勧めでも借りようかと考えたのだが――。
「フィオラは普段は学術書の類しか読まないでしょう? たまには物語のような娯楽性の高い書物に触れるのもいいと思います」
そう言ってダリアが渡してくれたのは、最近流行っているという騎士との恋物語だった。思わず微妙な顔をしたフィオラに、ダリアは苦笑する。
「恋愛ものだからって嫌厭するのはよくないですよ。フィオラにはそういう情動に溢れたものに触れて、自分の情動も思い出してほしいですね」
「まるで私にじょうどうがないみたいじゃないか」
「無いとは言いませんけど、希薄なのは自覚しているでしょう?」
「…………」
つい押し黙る。
(確かに情動が豊かとは言い難い自覚はあったが……そこまで言われるほどだったのか……)
不愛想は不愛想なりに表現していたつもりだったのだが、あまり伝わってなかったらしい。一応感情として発生はしているのだが。
そうまで言われて拒否するのも何かに負けたような気持ちになるので、結局フィオラはそれらの本を借りて部屋に戻った。
娯楽本なので学術本に比べて装丁は簡素だ。子どもの手でも持ちやすく、その点はこれを選んでもらってよかったと思ったのだが――物語を読み進めるうち、フィオラは眉間に皺が寄っていくのを止められなかった。
(一般の女性は、騎士にこうまで憧れがあるのか……?)
やたらにきらきらしい、美々しい挿絵とともに描かれる騎士は、乙女の夢を煮詰めたような、いっそ王子様とかにしたらどうだ? と思うような代物だった。
主人公が平民の女性なので、王子様だと身分の差で出会いにくいのはわかるが、それにしたって騎士のいいところと王子のいいところを足して二で割ったような『騎士様』には違和感しか覚えない。
フィオラの知る騎士は、けっこう泥臭い訓練もするし、女性に対してここまで恭しく接さないし(もしかしたら知らないところではこんな風なのかもしれないが)、もっとこう……ふつうというかなんというか。顔だけはこの挿絵に負けずきらきらしいが。つまりルカのことである。
(でも、そうか。いわゆる『優良物件』なんだな、騎士というのは)
確かに街の自警団なんかよりは地位があるし、一応王宮勤めだし、上の方にいけば高給取りだし、表に出るような警護のときは顔も選考基準に入るというし、改めて考えると『優良物件』が多そうだ。将来性を買う、ということもできるわけだし。
(それでいうとルカは最上級の物件だと思うんだが、浮いた噂がないな)
顔よし、地位よし、高給取り。これが優良物件でなくて何だというのか。
顔のことで騒がれていたのも、王宮の女官などから人気があるのも知っているが、付き合っている人がいるとはついぞ聞いたことがない。
(モテないということは絶対にないだろうし、サヴィーノ魔法士ほどの顔ではないから、近寄りがたいということもないだろうし……実は女性に興味がないのか?)
そういう人もいると聞くが、それだったらフィオラにも話してくれているような気がする。自称『一番の友人』であるわけだし。
考えても仕方ないうえ、読み慣れないものを読んで疲れていたフィオラは、夕食を携えてやってきたルカ(一日一回は様子見ついでに一緒に食事をしていく)に直接訊ねることにした。
一応思考の経緯は伝えたとはいえ、突然の問いにルカは目をぱちりと瞬いた。
「えーと……とりあえず、女性に興味がないわけでも、同性が好きなわけでもない。誘いもあるけど、それは結果的に断ってるだけで」
「そんなにりそうが高いのか?」
おそらくよりどりみどりだろうに断る理由なんて、フィオラはそれくらいしか思いつかなかった。
見上げるフィオラに、ルカは「そういうわけでもない」と首を振った。
「理想というか……条件を呑んでくれる人がいないだけだよ」
「じょうけん?」
「『何よりも優先する人が別にいるけど、それでもよければ』って言うと、『それはちょっと……』とかって言われて、なし崩しになるんだ」
「それはそうだろう……」
恋人――つまりルカにとって特別な人間になりたいんだろうに、自分を蔑ろにされる可能性を先に示唆されてしまったら尻込みするだろう。
「ちなみに、その何よりも優先する人というのは……?」
これが王とかだったらまあ、騎士としてなのだろうと思えるが、フィオラはいやな予感がした。
「もちろん、フィーのことだよ?」
そう、当たり前の顔をして答えられては、頭痛がこらえられなくなっても仕方ないと思う。
「おまえはなんでそんなに私が好きなんだ……?」
つい、今まではっきり聞いたことのなかったことを訊いてしまうくらいには、ルカのそれは、フィオラにとって問題発言だった。
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