第8話 治療
「ふぅん、魔法の暴発で体の時間が巻き戻った、ねぇ……」
廊下に出てきたサヴィーノ魔法士にひととおりの事情を説明すると、そう呟かれた。
疑われているのかと一瞬思ったが、単純に事実を再確認しただけだったらしく、すぐに、「まぁ、ケガを治すくらいなら別にいいですよ。自然治癒を加速させればいいんでしょう?」と問うてきた。
「はなしが早くてたすかる。さらに時をもどしたり、『なかったこと』にしたりする魔法ではまずいんだ」
「『今』のフィオラ・クローチェ魔法士を起点に、何年前だか知りませんが、その分を巻き戻したんならそうでしょうね。時の巻き戻しの重ね掛けも、『なかったこと』にするのも、『既に起こったこと』と干渉してややこしいことになる。このケガを当時に魔法で『なかったこと』にしたんならともかく、まずいってことはそうじゃないでしょう?」
「そうと決まればさっさと済ませましょう。面倒ですし」と、やっぱり一言多い感じのことを言いながら、サヴィーノ魔法士はルカにフィオラを下ろすように指示をする。
「近くにいられると邪魔なので、僕の視界に入らないところに行ってください」
(気持ちも理屈もわかるが、率直すぎないだろうか……)
確かに、関係ない人間が視界に入っていると魔法を使うのに気は散るが、もう少し言い方ってものがあったんじゃないだろうか。
そう思うものの、言われたルカはやっぱり特に気にしていなさそうだったので、フィオラも気にしないことにした。『貸し』云々があるとはいえ、こちらが頼んでいる側であることだし。
ルカが廊下の脇に移動したのを見届けて、サヴィーノ魔法士はフィオラに向き直った。
「足のケガを重点的に、ですね? もうなんか全体を把握するのが面倒なくらいなので詳細は聞きませんが」
「それでお願いしたい。とりあえずししょうなく歩けるようになりさえすればいい」
「そこまで最低限の魔法にするつもりもありませんけどね。見くびられてるみたいで不快ですし」
「……それはすまなかった」
不快、と口にしつつもサヴィーノ魔法士の表情は特に変わらなかったが、フィオラは謝罪した。気持ちは少しわかったので。
フィオラの謝罪を受けたサヴィーノ魔法士は、少し考えるような仕草をする。
「……いえ、僕もこんな、見た目が憐れめいた子どもを前にして、多少心が動かないでもないというだけです。僕にそんな情動が残っていたことに気付かせてくれたお礼に、少なくとも全体が動くのに支障ない、見えるところの傷も治る程度にはやりますよ」
「だが、代償があるだろう」
「僕の代償はそんなに重くないですし、外から力を借りる方の魔法使いなんで気にしなくていいです。魔法の規模が代償に左右されないのが強みですからね。まぁ、それを当て込んで利用しようとする輩に嫌気がさして『悪い魔法使い』になろうか悩んだ挙句にここに来たんで、殊勝な顔をされた方が気分はいいですが」
「そ、そうか……」
なんだかすごい暴露話を聞いてしまったような気もするが、ここに来る『魔法使い』の事情は様々だ。彼のようないきさつで流れ着いて魔法士になった者も一人や二人ではないだろう。今は『善い魔法使い』で魔法士なのだから気にすることでもない。
ただ、本人の主張があるので、せいいっぱいの殊勝な顔はしておくことにした。伝わったかどうかは不明だが。
ひたり、とサヴィーノ魔法士の手のひらがフィオラの額に当てられる。目を細めたサヴィーノ魔法士が、小声で何かを呟いた。
精神統一のためや、そういう使い方しかできない等の理由で呪文を唱える魔法使いもいる。その類だろう。
淡い金の靄のようなものがサヴィーノ魔法士の手のひらからあふれ出て、フィオラの体を覆っていく。
ぬるま湯に浸かっているような心地よさを感じていると、靄が全身を覆ったと同時に、体中の傷が疼くような、痒いような、そんな感覚を訴えてきた。
自然治癒力を高めているわけなので、自然治癒と同じ工程を辿ることになる。傷が塞がる流れを早回ししているので、そのような感覚になるのだろう。
目に見える傷以外については、熱を持っていた部分がすぅっと冷えていくような感覚がするので、こちらも治されているのだろうとわかった。
(全身のケガを一気に治せるとは……優秀な魔法使いだったんだな。ありがたい)
治癒の魔法を使える魔法使いでも、全身のケガを一気に治せる魔法使いは少ない。
確かに世界の魔力を使う魔法使いは規模の大きい魔法も使いやすいのだが、それにしてもこれは本人の実力にも裏打ちされているのだろう。もしかしたら医療の知識があるなどの下地もあるかもしれない。
服の外から見えていた傷が塞がり、そして薄い傷跡になるまで魔法は続けられた。
「……こんなものですかね。見えないところの傷は痕が多少濃く残っているかもしれませんが、まぁそれは本来の自己治癒力で薄まっていくでしょう。痛みが残っている箇所がないか、一応自分でも確かめてください」
言われて、足踏みをしてみたり、関節を回してみたりする。
「とくに気になるかしょはない。ていねいなしごとをありがとう」
「礼なら、僕に言うこと聞かせる希少な特権をこんなことに使った、貴方の友人に言うんですね。ルカ=セト騎士団長ではなく貴方だけが来たんだったら、僕は顔も見ずに追い返していたので」
なんとなく応対からそんな気はしていたが、サヴィーノ魔法士は結構な人嫌いか、面倒ごとが死ぬほど嫌いな類の人間らしい。
それでももう一度お礼を言って、魔法が終わったことを察して歩み寄ってきたルカにも礼を告げたフィオラだった。
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