第7話 とある魔法士



「フィーが気にしてないのはわかるけれど、やっぱりそのケガは治した方がいいと思うんだ」


 食事を終えた後、ルカはそんなことを言い出した。

 仕事をさっさと終わらせて有給休暇を取ったのもそのためだったらしい。


(まったく、人がいいというか、お節介というか……。だが、確かにすべての傷とはいかずとも、足のケガだけでも治しておきたい。そうすればルカに抱えられることもなくなるはずだ)


 ケガを治すことに同意したら、例によって抱えられて移動する羽目になったフィオラは、心からそう思った。


 魔法使いの宿舎を迷いなく歩くルカに、もしや職務の一環でどこに誰が住んでいるのかまで把握しているのだろうかと思いつつ、どこに向かっているのかを訊ねてみる。

 魔法士長が言っていたこと――「自然治癒能力を加速させる治癒ができる魔法使いに治してもらえれば一番いいが、それができる魔法使いは出払ってるか、魔法を使いたがらない者しか残っていないらしい」というのはルカも聞いていた。その上でケガを治せる人間に心当たりがあるというので行くに任せていたのだが。


「フィーは、ベリト・サヴィーノという魔法士を知っている?」


 言われて、記憶を探ってみる。すぐに思いつかない時点で、知り合いではないのは確定だ。


「確か……1ヶ月ほど前に所属した魔法士じゃなかったか? やたら顔がいいと噂になっていた……」


 何せ、「ルカ=セト騎士団長と張る顔面の魔法士が来た!」とか言われていたのだ。まともに出会ったことがないのに名前を覚えているのはそのおかげである。


「ははっ、『顔がいい』か。たぶん、フィーでも驚くと思うよ」

「驚く?」

「あとは見てのお楽しみ、――もうすぐ着くよ」


 そう言われては、追及するのは無粋だ。大人しく目的地に着くのを待つことにするフィオラ。

 ある部屋の前で立ち止まったルカは、コンコンコン、コンコン、と不思議な節をつけて扉を叩いた。

 しばらくの間の後、ガチャリと鍵の開く音がする。


「――早速来たんですか? 暇人ですね。いや、厄介ごとが起こったっていうんなら、疫病神かな」


 第一声から毒舌だ。まともな挨拶をしようという気が欠片も感じられない。

 まがりなりにも騎士団長に対する態度としてもどうだろう――と考えたフィオラだったが、扉の隙間から覗いた顔を見て固まった。


 芸術品があった。


 否応なく呼吸が止まるような、職人が丹精込めて長年をかけて作り上げた美の結晶のような造形がそこにあった。

 ルカは誰もが認める美形だが、これは美形とかそういう段階にない。そう感じるほどの圧倒的な美だった。

 闇夜を写したような漆黒の髪、力を持った宝石のような美しすぎる赤い目、肌は見入るほどに白いのに不健康そうには決して見えない。

 フィオラの人生史上もっとも美しい、と断言できてしまう人間が、そこにいた。


「……ほら、驚いただろう?」


 ルカが耳打ちしてきて、やっと意識が正常に働きだした。そして圧倒的な美を振りまいている人物が、――美しさを台無しにするようなくたびれたローブを纏っているのにも気付いた。


(もったいない……と感じてしまうが、個人の自由か。それに、なんというか、これはこれでバランスがとれている)


 顔だけ先に出てきたために見惚れてしまったが、全身が一度に視界に入ればあそこまで見惚れることはなかっただろうな、というほどの、率直に言って襤褸なローブだった。顔のおかげで乞食のような印象は受けないのがすごい。世捨て人っぽさだけがある。


「で、『貸し』を返せということみたいですが、何をすればいいんですか? その抱えてる被虐待児の権化みたいな、フィオラ・クローチェ魔法士によくよく似た子どもについてでしょうけど、何をしろと? 言っておきますけど、犯罪の証拠隠滅はやりませんよ」


 いちいち気に障るような言葉を選んでいるのだろうな、と思われる言葉を浴びせられて面食らう。

 しかし、相手がフィオラを認識していたようなのは予想外だった。フィオラは古株といってもいいくらいの年数シュターメイアにいる魔法使いではあるが、取り立てて功績もない、平の平の魔法士なのだが。


「意外そうな顔してますね。何がですか? さっき僕に見惚れていたところからしてほぼ初対面でしょうし、僕も子どもに知り合いはいませんが、推測くらいできますよ。仮に貴方がフィオラ・クローチェ魔法士が何らかの要因で子どもの姿になった姿だとして、フィオラ・クローチェ魔法士のことを知っているのが意外だったというなら、……そこの騎士団長とかいう役職についている腹黒と知り合った時点で、フィオラ・クローチェ魔法士の存在を知らないでいることなんてできないでしょうよ」


(いろいろな方面でつっこみを入れたい発言だったが……腹黒?)


 結構失礼なことばかり言われている気がするのだが、まったく気分を害した様子のない友人を見上げる。この男を『腹黒』と称した人間は初めて見た。

 「うちの団長、クローチェさんがいるときといないときの差、激しすぎると思うんっすよねー。実は二重人格?」とか言っていた副団長なら記憶にあるが。


(『貸し』がどうこう言っていたし……いったい何をやったんだ?)


 「犯罪の証拠隠滅はやらない」という発言がなされるようなことをやったのだとしたら、友人関係を続けるか考えなくてはならない。

 ……まぁ、この短い間で何となく察した目前の人物――ベリト・サヴィーノ魔法士の性格というか発言傾向からして、ただの嫌味のようなものだろうが。

 じっと見上げて思案するフィオラに何を感じたのか、ルカは少しばかり早口で弁明してきた。


「先日、彼が街で人に囲まれてるのを助けたことがあってね。それを『貸し』だと言って、返さないと気分が悪いというから、機会があったらということにしていたんだ。彼はたいていのことはできる魔法使いだというし、それならちょうどいいと思って」


 こんな顔が街に現れたら、そりゃあ囲まれもするだろう。それをどう助けたのかはわからないが、ともかくその『貸し』をフィオラのケガを治してもらうことで返してもらうことにしたらしい。

 納得したフィオラは「そうなのか」とだけ返したのだった。


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