第5話 外出



 本人と周りの言どおりに仕事の効率が上がったらしいルカは、本日中に処理しなければならない仕事をすべて終えたうえで、昼前で退勤した。昼からは有給休暇を取ったらしい。

 さくさくと仕事を済ませるルカを、ガレッディ副団長が持ってきてくれたクッキーと紅茶をいただきながら眺めていたフィオラはしかし、その様を見て特別何か思うところはなかった。何せフィオラがいるときのルカの仕事の速さはいつもこんなものである。普段との違いがわからないので、何を思うこともない。――ガレッディ副団長を始めとするルカの部下たちは、「クローチェさんがいる今の間に!」と次々とルカの決裁が必要な書類を積み上げ、それが綺麗さっぱり短時間でさばかれたので、心からフィオラに感謝していたのだが。


 「またぜひ来てくださいね~!」などとガレッディ副団長に笑顔で見送られて、今度も根負けしてルカに抱えられたフィオラは、「それで、どこに行くんだ」とだいぶ間近にある秀麗な顔を見上げて訊ねた。


「とりあえず、一緒にお昼を食べよう。いいだろう?」

「このじょうきょうで、私にことわるせんたくしがあると思うのか?」

「君がどうしてもいやだと言うなら、俺だって諦めるよ……」


 「そんな捨てられた犬のような顔をしておいてか?」という感想は心の中にしまっておいた。この姿になってから、ただでさえ世間一般に聞いていたのと違う面ばかり見せてきていた友人の像が、さらにめちゃくちゃになっていっているのだが、果たしてこれは自分のせいなのだろうか。


「フィーと一緒に行きたいと思ってた店があるんだ。ちょうどよかった」

「おまえのその『一緒に行きたい店』はいったいいくつあるんだ。さそわれるたび聞いている気がするぞ」

「フィーが誘いになかなか乗ってくれないせいで、増えるばかりなんだよ」


(これは遠回しに責められているんだろうか……?)


 ちょっとばかり考えてしまったが、どっちかというと良心をつついて誘いに乗る頻度を高めようとしてきているだけのような気がする。

 まぁつまり責めていることは責めているのだろうが、そんなに真面目にとるようなものでもなさそうだ。


 楽しみだな、と喜色を隠さず歩むルカは、さっきから人の視線をやたら奪っていることに気付いているのかどうか。

 まずルカの顔を見てほう……となり、次に抱えられたフィオラを認識して「!?」となり、さらにもう一度ルカの顔を見て驚愕する――そんな一連の流れがあちこちで起きているのだが、美形の影響力、こわい。

 「こんな傷だらけの子どもを連れていたら、もしかしたらルカが通報されてしまうかもしれない……」などとフィオラは懸念していたのだが、どうやらその心配はなさそうだった。

 単純にルカの顔が騎士団長として知れ渡っているから、何かの任務で保護した子どもを連れていると判断されているのかもしれないし、こんなににこにこ上機嫌で堂々と歩く人さらいがいるはずがないと思われているのかもしれない。


 そうして連れてこられたのは、魔法使いの宿舎の程近くにある、フィオラでも「そういえば誰かから名前を聞いた記憶があるような……」となるくらいには有名な、ちょっと洒落た軽食屋だった。

 献立表を見ても、定番を抑えつつ、流行りものからあまり聞かない料理もあって、独自色を出している。甘味類が豊富なところと、洒落た外観で女性にも人気が高いようだ、と客層を見てフィオラは分析した。


「ここで食べるのか?」

「いや、ここは持ち帰りもやってるから、持ち帰りで。フィーもさすがにその姿で外で食べるのは落ち着かないだろう?」

「まあ、そうだな」


 それを言うなら宿舎でも騎士団区域でもないところまで連れてこないでほしかったが、かといって人目が気になって仕方がないような性質でもない。

 ただ、本来ならば同年代である男に抱えられて運ばれるのがちょっとどうなんだろうと思うだけだ。

 どちらにせよ宿舎の自分の部屋にも食事の蓄えはそれほどなかったので、今日の昼は外に食べに出る予定だった。手間を省いてくれた――というのとはまた違うが、不満を言う筋合いでもないだろう。

 フィオラの気になったものを聞き出して如才なく注文し、つつがなく品物を受け取ったルカは、片手がふさがれたというのにそれでもフィオラを下ろそうとしない。

 確かにフィオラの足の長さを考えると、ルカと並んで歩くのは難しいし、さらに言えばルカはフィオラが足にケガをしていることを知っている。下ろしてはくれないだろうな、と思い、ならば、と思いついた。


「ルカ。おまえ、私を下ろす気はないんだろう?」

「もちろん」

「だったらせめて、その品物を私にもたせろ。騎士のりょううでをふさぐのはよくない」


 そう言うと、ルカは驚いたように一度瞬いて、まるで感極まったかのようにフィオラを抱える腕に力を込めてきた。


「フィーが、俺を気遣ってくれるなんて……!」

「まて。私がふだんおまえをぞんざいにあつかってるかのようなごかいを生むはつげんはよせ」

「でも、『騎士として』の俺を気遣ってくれるのが嬉しくて」

「うれしくても何でもいいが、力をゆるめろ。あと品物を渡せ」


 絶妙に力を加減しているのだろう、痛くはないが、居心地が悪い。

 訴えに素直に力加減を戻したルカは、そっと品物をフィオラに渡してきた。「膝の上にでも乗せるといいよ」と言われ、確かに安定性が高いな、と思ったのでそうする。

 と、何故かルカが微笑ましそうに見つめてくるのに気づいた。

 なんとなくいやな予感を抱きつつ、放置するのも気持ちが悪いので首を傾げて問うた。


「……どうかしたか?」

「いや、お人形さんみたいでかわいいなと思って」


(やっぱりこいつの目節穴なんじゃないだろうか……)


 真面目に心配になったフィオラだった。



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