第3話 報告
この世界には、『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
その違いは、魔法を使う際の『代償』が、自己で完結するか、しないかで決まる。
例えば、魔法を使う際、一定時間目が見えなくなる、といった代償を己で抱える魔法使いは『善い魔法使い』であり、同じ代償を他者でまかなう魔法使いは『悪い魔法使い』となる。
そういうわけで、『魔法を使うと確率で暴発するが、自分にのみ影響する』フィオラの場合、『善い魔法使い』ということになるのだった。
『善い魔法使い』は基本国の管理下に置かれ、その中でも国付きの魔法使いとして働くことにした者たちを『魔法士』と呼び、その統括者として『魔法士長』が在る。
『魔法士長』は〈絶対に『悪い魔法使いにならない』〉という制約を自らに課した『古の魔法使い』であり、『悪い魔法使い』を根絶することを至上命題にしている人物であり――。
「あっはははは、何その姿、ちっちゃ! すごくちっちゃいうえに子どもの可愛さをすべてかなぐり捨てたみたいな不愛想だ。常々クローチェはもっと愛想よくすればいいのにと思ってたけど、あれでも愛想よくなってたってことか、新発見だ!」
……なんて、魔法の暴発で不本意に子どもの姿になった部下を目にして爆笑するような御仁でもあった。
日常では真面目さの片鱗も覗かせない人なのでおおよその反応は予想していたとはいえ、ちょっとばかり遠い目になったフィオラを誰も責められないだろう。
ひとしきり爆笑したのち、ディーダ・ローシェ魔法士長は、「っはー、笑った笑った。そのなりじゃ椅子に座って仕事するのも一苦労だろうしね、いいよ元に戻るまで有給休暇あげるよ」とあっさり言った。
それを目的に報告しに来たのだが、話が早いにもほどがある。爆笑していた分、待ちが発生したとはいえ。
「ありがとうございます。引き継ぎは――」と言いかけたフィオラを、ローシェ魔法士長はぱたぱたと手を振って止めた。
「そこは私がうまいことやっとくから気にせず休むといい。クローチェはほんとに、ほんっとに! 休まない筆頭だったからね。これで他の子たちにも休暇取得が勧められるよ」
(……そうまで言われると、なんだかすごく悪いことをしていたみたいじゃないか……?)
他にやることもないから、ふつうに仕事をしていただけなのだが。しかし、有給休暇を使わない筆頭であった自覚もあるので、おとなしく口をつぐんでおく。
「それに、魔法、使えないんだろう?」
「おわかりですか」
「そりゃね。部下の状態くらい見抜けなきゃ魔法士長なんてやれないさ。――ただ子どもの姿になったんじゃなく、体の時が巻き戻された状態だろ? それがまだ『魔法使い』じゃなかった頃の姿だっていうなら、世界はその姿のクローチェを『魔法使い』として扱わない」
「はい。魔力をかんじることはできますが、あやつることができません。制限がかかっているようなかんかくです」
「
『善い魔法使い』『悪い魔法使い』に関係なく、魔法使いは魔力に対する性質によって二通りに分けられる。
それがローシェ魔法士長の口にした、『自分で魔力を生み出す性質の魔法使い』と『世界の魔力を操る性質の魔法使い』だ。
その方法が代償と連動しているものもしていないものもいるので、どちらであるから『善い魔法使い』『悪い魔法使い』というのは判断できない。
フィオラの場合は『世界の魔力を操る』方の魔法使いだが、ローシェ魔法士長の言葉のとおり、今はその権限がないような状態になっていて、自分のケガを治すことすらできないのだった。
「そのケガも、下手に治せないしね。その傷、自然治癒だったんだろう? だったら、今魔法で治すと、世界と齟齬を来たす。自然治癒能力を加速させる治癒ができる魔法使いに治してもらえればそれが一番だろうけど、それができる魔法使いは出払ってるか、魔法を使いたがらない奴しかいないね」
「ケガについてはもんだいありません。ほうっておけば治ります」
「本人はそれでもいいんだろうけどねぇ、見た目がすごく哀れだから、周りが気にするだろうよ。それこそ、クローチェをここに連れてきた張本人とか」
そう言って、ローシェ魔法士長はフィオラをここに連れてきてから扉のそばで控えていたルカに目を向ける。
当然だというふうにルカが頷いたので、これも説得しないといけないのか、とフィオラはちょっと面倒くさい気持ちになった。
「ま、ともかく見た感じそう長く続く魔法じゃないだろう。元に戻るまでゆっくりしなよ。ただでさえ君は休暇を消化しない筆頭なんだから、いい機会だと思って」
ローシェ魔法士長が手をひらひらと振る。退室を促す合図に、釈然としない気持ちを抱きつつも礼を告げて立ち去――ろうとしたところで、とてもイイ笑顔で両手を広げるルカが視界に入ってきた。
沈黙のまま目と目で押し問答し――根負けしたフィオラがルカに抱えられるのを見たローシェ魔法士長が、また背後で笑い声を響かせるのを聞きながら、部屋を後にすることになったのだった。
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