せいめい様にお頼み申す

高田正人

プロローグ





 「せいめい様にお頼み申す」



 私――花山里子の住む八百古里やおこり市には、こんな言葉が伝わってる。

 何か困ったことがあったときは、この言葉を唱えてみて。

 もしかすると、思いがけない解決方法が思い浮かぶかもしれないよ。

 そんな、いい加減で無責任な言い伝え。


 前、テレビの番組で、どこかの大学の教授みたいな人がこの言い伝えについてずーっと話してた。

安倍晴明あべのせいめいの信仰がこの土地に伝わって――」とか「問題を自分の無意識にゆだねることによって――」とか難しいことをずっと話していて、私には言ってることの半分も理解できなかった。


 でも、私にはその人の言っていることが違うって分かる。

 だって、私はこの目で見たことがあるから。

 「せいめい様にお頼み申す」っていう言葉が口にされるのと、本当に問題が解決しちゃったのを。





 学校が終わって、私は一人で加茂かも神社にやってきた。

 商店街の脇道に入って、ちょっと狭い道をたどって、六年生の足には少しきついジグザグの階段をどんどん登っていくと、この神社にたどり着く。

 名物の「野火桜のびざくら」しか目立つものなんかない、がら~んとした神社。いつ来てもお参りに来た人なんて一人も見たことないなあ。


 私はいちおう小学校で「桜係」っていう係になってる。さっき言った古い古いサクラの木「野火桜」のお世話をする係なんだ。

 お世話って言っても、サクラの周りの草むしりをしたり、花が咲きそうになってきたらつぼみを観察するくらいの、とっても平凡な係。


 私がこの係になりたかったのは、野火桜が好きだからじゃない。いつもこの神社にいる、不思議な人に会うためなんだ。

 お参りでもないのにほとんど毎日神社に行くのはちょっと変な感じだけど、「桜係の仕事だから」って理由があれば神社に行けると私は思う。


 階段を登り終えて、境内に足を踏み入れる。

 今は六月だから、サクラの花は咲いていない。代わりに青々とした葉がいっぱい茂っていて、境内は日陰になってた。

 そして、本殿の階段に腰を下ろしている人が一人。


「こんにちは。相変わらず暇そうだね、晴盟せいめいさん」

「おお、里子か。学校が終わったようだな」


 烏帽子えぼし狩衣かりぎぬっていう、平安時代を描いたマンガから抜け出してきたみたいな古めかしい衣装。

 キツネみたいに少し吊り上がった細い眉と両目。

 男の人なのに、女の人よりもずっときれいな顔立ち。

 優しくて穏やかな声と、衣装みたいにどこか古めかしい言葉遣い。

 手に持っているのは小さな扇。


 ――私の住む町には、『安部晴盟あべのせいめい』がいる。


 「字が違うぞ」って文句を言う人がいると思う。でも、これでいいの。

 この人はあの日本一有名な陰陽師おんみょうじの安倍晴明じゃなくて、そのそっくりさんの安部晴盟さん。

 正確には「あべのせいめい」じゃなくて「あべのはるちか」って読むらしいんだ。でも私は「せいめいさん」って呼ぶし、本人も自分のことを「はるちか」じゃなくて「せいめい」って言う。


 この人は何者なんだろう。

 私はちょっと前まではすごく気になってたけど、もう半分あきらめて正体については気にしないことにした。

 最初は暇な大人が平安時代の格好でふざけているのかと思ったけど、なんだかそうじゃないみたい。


 じゃあ、幽霊なのかな?

 でも晴盟さんにはちゃんと足があるし、体も半透明じゃない。

 平安時代からタイムスリップしてきた人なのかな?

 それにしてはものすごく今の時代になじんでいる。

 もう何がなんだか分からないよ。

 最近だと、この人は実は宇宙人じゃないかな、って思うことだってある。


 とにかく、この神社に行けば私は、晴盟さんにいつでも会える。

 そのことだけは変わらない本当のこと。

 これは、私と晴盟さんの物語。

 ただの小学生六年生のはずだった私――花山里子と、

 伝説の安倍晴明みたいに式神を使ったりなんか全然しない、不思議でうさん臭い晴盟さんの物語。

 キーワードは「夢」。それだけは、みんな覚えておいてね。





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