異国から来た紳士

秋色

〈前編〉屋根裏部屋の写真

「わたしの家は山の中の大きな一軒家です。別荘を知り合いから譲り受けた祖父が改良を重ねて一家で暮らせるようにした家なんです。

 だから学校までとても遠くて、毎日が遠足みたいなのがちょっとした悩みでもあり、楽しみでもあるんです。


 田舎暮らしは不便もあるし、でも工夫して生活する楽しさもあります」


 これはリカが小学五年生の時に書いて、褒められた作文の一節だ。でも実はこの作文には出てこないちょっとした秘密が、この家にはあった。


 この家の中でリカが一番好きな場所、それは屋根裏部屋だった。そこには、古い物がたくさん眠っていて、その歴史を考えるだけで、いつもわくわくするのだった。

 その中に一つの机と椅子があった。どちらも年代物で重々しい。机の引き出しの中には、この家の元の所有者と思われる写真が何枚かあった。

 日本人なのにまるで外国の絵に出てくるような紳士と貴婦人。そして同じく古い外国の物語の中に出てくるような洋服を身にまとった子ども達。

 たぶん立派なアルバムが他にあって、これらはたまたまそこから外され、引き出しに残っていた物なのだろう。

 リカは特にその中の一人の少年の写真に魅きつけられた。正確に言うと、少年から青年になるまでの何枚かの写真。写真の中では、よく白いセーターを着ていた。聞くと、祖母の二つ年上で子どもの頃よく遊んだ幼馴染みだと言う。


「そのお兄さんはね、裕雪さんといってこの建物の以前の持ち主の子どもよ。中学から寄宿舎のある遠方の中高一貫校へ行ったので、それ以降はあまり顔も見せなかったの。でもね、私が十七才の時、お兄さんは大学の友達と一緒にここでクリスマスパーティーを開いて、そこに私も招待されたのよ。とても大きなクリスマスツリーが飾られて、お洒落な人達が集まってね」


「わぁ、いいなぁ。クリスマスパーティーかぁ」

 リカは、かつてこの部屋に豪華なクリスマスツリーが飾られていた頃の様子を想像してみた。

「ところでおじいちゃんは、そのパーティーに招待されたの? 同じ村だったんでしょ? それとも、もう街に出て働き始めてた頃?」


 リカの祖父は少し不機嫌そうに言った。「まだ高校三年生だったよ。招待されるも何も、うちの父さんがこの別荘の管理を任されていたからね。こっちは冬休みのバイト感覚で、父さんと一緒に色々下働きしてたさ」


 祖母は、それを聞いて、少し首を傾げた。

「それはそうかもしれないけど、一緒に洋楽のレコードを聞いて、これは何とかって歌手のプレミアのついたレコードだとか説明して悦に入ってたじゃない?」


 家族のみんなからの笑いに照れくさそうにする祖父。

 部屋の暖炉の炎が、暖かそうなオレンジ色に輝いていた。

 リカはというと、心の中でいつか写真の中の白いセーターの少年のような人とこの部屋の暖炉の前で過ごすんだと勝手な空想に浸っていた。


 リカはある日、祖母と二人の時に普段、ききにくい事をきいてみた。

「その……おばあちゃんは裕雪さんに憧れたりしなかったの? それとも身分が違うからそんな気持ちにもなれなかったの? おじいちゃんの方をみんなが勧めたとか?」


「まぁ、それはおじいちゃんにあんまり失礼よ」

 そう言ってリカの祖母は可笑しそうに笑った。

「おじいちゃんもあれでなかなか遠い存在だったの。高校卒業して、地元でちょっと働いてたけど、すぐに外の世界を見たいからって放浪してたから」


「はあ?」


「それにね、裕雪お兄さんは、東京の大学に行った後も、『一度こっちに遊びに来て、演劇でも見たらいいよ』って、妹と私を東京に誘ってくれてたのよ。うちの親が、高校生が東京なんかに遊びに行くもんじゃないって反対してたから行かなかったけど。

 つまりね、別に裕雪お兄さんが雲の上の存在で、おじいちゃんがお手頃だったってわけじゃないの」


「そっかぁ。何か切ないお話を想像してた。ウチの家系じゃあそんなドラマみたいなお話にはなんないね」


「まぁ、そうねぇ。でも切ない話にならない方がいいじゃない? 恋はハッピーエンドの方がいいでしょ?」


「それはそうだけど、いつもハッピーエンドとは限らないでしょ?」


「おマセさん。リカちゃんは人に遠慮し過ぎの所があるから、あまり遠慮し過ぎない方がいいわ。煮えきれないでいるより、思い切って好きな気持ちをぶつけてみる方がいいのよ」


 祖母の言葉に、もしかしたらおばあちゃんは若い頃、自分の方からおじいちゃんに告白したのかもと想像した。それとも、本当に好きなのはあの写真の中の少年だったけど高嶺の花なので諦めたのかな、とか。もし自分なら、きっとあの少年の方に惹かれていた気がした。

 そんなふうにして田舎での子ども時代は過ぎた。

 写真の中の白いセーターの人物に憧れながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る