サイダーと、恋のモラトリアム

夜野十字

第1話

 シュワシュワと音をたてて、泡が昇ってゆく。いつもと同じ景色が網膜に写った。

 まるでプールの中にいるような感覚に浸りながら、僕は視線を彷徨わせる。程なくして、を見つけることができた。

 光を反射して微かに輝くプラチナブロンドの髪。遠くからでもよく見えるその姿を頼りに、僕は彼女のもとへと泳いでいった。彼女も僕に気がついたらしく、こちらに向かって大きく手を振ってくる。

 僕は彼女の前に行くと、淡い青色に光る瞳を見つめた。


「こんばんは、ファーレ」

「こちらこそ、奏多」


 彼女――ファーレが軽く微笑む。純粋な笑顔に思わずドキッとしてしまう。これが夢の中だということも忘れて、僕はニヤけないようにと必死に手の甲をつねる。もちろん、微塵も痛くなかった。


「それで、今日は何をしようか」

「それはね――じゃん!」


 ファーレは手提げから小さな箱を取り出すと、パンッと手を合わせた。


「今日はトランプゲームをひたすらしようと思うんだけど、どうかな?」

「いいね。賛成」


 それなら無限に時間を潰せるし、飽きることもないだろう。ファーレとの時間を何よりも重要視している僕からすれば、申し分ない選択だった。

 ファーレがカードをシャッフルするのを眺めるふりをして、僕は彼女の白い肌を見る。

 まるでアニメの中であるかのような、精巧な顔立ち。整ったスタイル。天真爛漫でちょっとあどけなさの残る性格。どこをとってもファーレは、僕の《理想》を体現していた。

 それも僕の夢が生み出したのだから、当然の帰結なのだが。

 だが、そう思いながらも現実世界にも淡青色の瞳とプラチナブロンドの髪の少女がいるのではないか、とつい思ってしまう僕がいる。

 夢と現実をごちゃまぜにした思考に、自分でも呆れてしまう。呆れが顔に出てしまっていたのだろうか、そんな僕を見てファーレが「どうかしたの?」と心配そうに聞いてきた。


「いや、大丈夫。ちょっと考え事していただけ」

「良かった。それじゃあ最初はババ抜きね。はい、これ奏多の分」


 ファーレが僕に何枚かのカードを差し出してきたので、受け取り確認する。いくつか数字が既に揃っているものがあったので、それらを除いてカードを整える。


「最初は奏多からね。ほら、こい!」


 心から楽しそうに自分のカードを差し出してくるファーレを見て、思わず笑みがこぼれる。

 これが夢であれなんであれ、今日の夜もファーレと心ゆくまで遊ぼう。そう決めて、僕はファーレの手から一枚カードを抜き取った。



 ファーレは僕の夢の中に登場する、いわば僕のイマジナリーフレンドだ。もちろんだが実在はしないし、僕だって夢の中でしか会うことができない。

 けれどもファーレが僕の支えになっていることは、一目瞭然だった。

 サイダーの中に沈んでいるかのような空間。不思議をそのまま表したかのようなところで、ファーレはいつも僕を待っている。

 ファーレと過ごす時間は何にも変えられないほど愛しくて、僕は空想のはずの彼女にどんどん惹かれていって。


 気がつけば僕は、ファーレのことを好きになってしまっていたのだった。

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