Märchen
逢初あい
第1話 嘘被り
「貴様なら奴について知っているはずだ。知っていることを全て話せ。」
スーツを着た男は椅子に腰掛けるもう1人の痩躯の男に高圧的に言った。すると紳士然としたこの男は肩をすくめ微笑しながら
「ご冗談を。あなたの探し人を私が知る由もないでしょう?囚われの身の私が。」
と飄々とした様子で言った。スーツの男は侮蔑の眼差しを向け
「イカれた殺人者め…!貴様の様な下衆に聞いた俺が間違っていた。」
と冷たく言い放ち出て行こうと踵を返した。
「あなたが求めている答えはそう簡単に見つかるものでしょうか?」
男は肩をすくめさらに続ける
「残念ながら私はあなたの望む答えを持ってはいない。しかし私の持つ情報が尻尾を掴むヒントにならないとも限らないのでは?」
男は振り向くと痩躯の男の前に椅子を置き高圧的に言った
「では、さっさと始めろ。貴様の与太話に付き合ってやる。」
痩躯の男は微笑すると静かに話し始めた。
その少女は早くに両親を亡くした。顔も声も殆ど覚えておらず、悲しみを感じることも無かった。少女は伯母の家に引き取られた。伯母には少女と同じ歳の頃の娘がいたが、病気がちで人前には出れなかった。外に出られない娘の分も健やかに過ごして娘に外の話をして欲しいと少女は言われた。少女はその日あった出来事を娘に話した。それから10年ほども経った頃、娘の病気は快方に向かっていると伯母から伝えられた。少女は我が身のことの様に喜び、娘に会いたいと伯母に伝えた。伯母の家に引き取られてから実は娘と話したことはあっても顔を合わせたことは無かった。病気で痩けた頬や窪んだ眼窩を見られたくはないだろうと伯母に言われていたからだ。少女は伯母と共に娘の元へ向かった。少女の足取りは軽くその足音から楽しみであると言う事がわかる。しかし少女はどこか胸の奥底でチリチリと燻る不安があることを感じていた。娘の部屋に入る。今まで何度も入っている部屋が、この日は嫌に重苦しい空気に包まれている。少女は、娘が腰掛けるベッドに近づきその顔を見る。不安が早鐘の様に鳴り、遂には恐怖として少女の全身へ広がった。そこには自分と同じ顔の少女が座っていた。途端、少女の意識は遠のき世界は闇に包まれた。目を覚ますと見慣れた天井だった。少女は意識を失う前の出来事に混乱しながらベッドから起き上がった。意識が朦朧とする、フラフラとした足取りで立ち上がり部屋を出ようとする。ふと部屋に置いてある鏡が目に入る。その瞬間、少女は手足の感覚が遠のき呼吸が浅くなるのを感じた。そこに写っていたのは全くの別人だった。
2人の男の間には沈黙が流れていた。
「その少女はその後どうした?」
スーツの男が憚りながら問いかける。俯いているためその表情は伺えない。
「さて、どうなったのでしょうね?」
痩躯の男は惚けた様に答えてみせる。
「しかし、その家の娘が買ったらしい靴が落ちていたそうですよ。真紅に染まった靴が。」
スーツの男は無言で立ち上がりその場を立ち去った。足音が遠ざかり、痩躯の男はその場に1人になった。部屋の片隅に積み上げられた資料の1つを取り読み始める。暫くして読み終えると、別の小さな山にそれを戻した。
「どれだけ望んだとしても、貴女は彼女にはなれなかったと言うのに。」
男は静寂に包まれる部屋で1人嘲笑した。
Märchen 逢初あい @aiui_Ai
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