第5話ナラクの指環に人生を救けられた騎士

午後一時

アーセナルで寛ぐナラク。ハヤネとキネルも久し振りにナラクといる時間を満喫している。なんせナラクは月の半分をあの猛毒神殿跡地で過ごしている。なのでナラクがアーセナルに長く滞在するのは二人にとって貴重な時間。そんな中一つの話題がキネルから出てくる。

「ところで中級昇格試練に呼ばれてないのか?精霊鉱の屑を仕入れに来たんならそれ関係の依頼があったんだろ?」

ハヤネとの会話を聞いてないのに気付くナラクは取り敢えず答える。

「だからクグの部下っぽいのに指環を創るんだよ」

「それだけかぁ?」

「それ以外に中級昇格試練にいちいち関わろうとしない。あんな三カ月に一回しかやらないイベントに。それに傭神は眼中にないし」

ナラクの発言にハヤネが反応。

「ならクグの依頼を請けたのはどうしてなの?もう恩は充分に返したでしょう」

ふむと頷くナラク。

「確かにそうなんだよ、それでもこればっかりはどうしようもないんだ。そういう風に育てられたんで」

キネルは指を鳴らし、ある存在を思い出す。

「あの御方か」

「そんな仰々しい言い方しなくて良いですよ。俺の場合は言わないといけなそうなのに師匠がそれを許さないので気楽なもんです」

淡々と師匠と呼んでいる存在を思い出すナラク。誰もがその本当の姿を翠都で生まれ育った者ですら知らない存在に思いを馳せる。

「それに師匠は翠都の最高権力者なのに敬語風に喋りかけると怒られるんですよねぇ。弟子のお前がそんなだと他の奴らが喋りかけにくいだろって、もう前提から頭おかしいんですよ」

微笑むナラクに何と言えば良いのかさっぱりな親子は娘が斬り込む!

「まるで外に出てもバレないようにしてるみたいね」

「それ、当たりです」

ナラクは当然のように答える。親子はその発言について行けなくなる。それを感じ取ったナラクは追撃。

「休みにはよく学院から出て翠都のどこかにいるから師匠は」

「どこかってどこ?」

ハヤネはポロッと口に出る。ナラクは親子に見つめられているのに逸らす。

「ところで今回の中級昇格試練はどこまでやるんです?」

親子はこれ以上ナラクの師匠について聞くのは危険と判断した。キネルは仕方なくその急な流れに乗る。

「確か武神までだったな。ここまでなら常人が手の届く所だからな。これが意外と盛り上がんだ」

ナラクは学院にいた頃を思い出す。

「だから学院みたいに月イチでやればいいのにやらないんですよ。三カ月に一回だから認知度がまあまあだし、せめて荒神も含まれてたらもっと盛り上がるのに」

「待て」

キネルは思わず口に出た。

「それだと俺も含まれるだろ!?」

「当・然☆それぐらいやるから面白いんですよ。本当に何言ってるんですか?まさかもう上を目指すつもりが無いんですか?」

ハヤネも興味深くキネルを見る。

「どうなのお父さん?」

愛娘にも問われては何も言わない訳にはいかないキネルは一つ。

「今回は武神までであって荒神は含まれてねぇ。つまり今回は高みの見物だ。その上でだ、荒神の中級昇格試練があるんならそりゃあ受けるさ。俺も四十後半だがまだまだ腐っちゃいねぇ。これでいいだろ?」

ナラクはくくっと笑う。

「充分です。その時が来たら応援に行きますよ、ハヤネさんと一緒にね」

言葉を掛けられたハヤネは満更でもない。キネルは二人を見比べてからナラクに問う。

「ナラク、ハヤネを嫁に貰ってくれねぇのか?」

「お父さん、ナイス質問!」

どこら辺がナイスなのかという顔でナラクは答える。

「ハヤネさんなら他に良い人がいるでしょ?」

「俺はお前だから嫁に貰ってくれって言ってんだ。これは逃がさねぇぞ!返事は?」

キネルはナラクをを睨みつける。だがナラクは至って冷静に答える。

「貰いませんよ、今の所誰もね」

妙に色気を出しながら笑うナラクにハヤネは心を射貫かれる。それでも理由は問う。

「誰もって自分のギルドメンバーも含まれてるんですか?それを聞かせてください!」

「勿論」

ナラクのあっけらかんな返事に親子は固まる。これだけでは足らないと感じたナラクは更に答える。

「恋人や愛人になる気もありませんよ」

「どうしてだ?お前ならとっかえひっかえ出来るだろ」

キネルの発言は無視してナラクは続ける。

「俺が今、中途半端だからですよ」

その発言に親子は互いを見て何を言ってるのかという顔。その親子の様を見てナラクは不思議がる。

「そんなに不思議ですかね?」

ハヤネはいいかげんにして欲しい態度でナラクに迫る。

「ナラクを中途半端なんて言う人はどこにもいない。どうしてそんな悲しい言葉を自分に使うの?ちゃんと説明してお願い!」

ナラクは不思議そうに首を傾げる。

「俺はまだ及第点止まりなんですよ。もっと言えば進化をする手前ぐらいで合格点を出せる所まで来てないんですよ、だから中途半端という言葉を使いました」

ハヤネは呆然とする。キネルは自分の言葉が必要ないと思ってしまっても訊いてしまった。

「ならその合格点を自分に出すにはどこまで行きつきゃぁ良い?」

「師匠を確実に倒せるようになったらですね」

キネルは怒鳴る!

「あの化け物は倒せねぇだろ!!」

キネルを無視して喫茶店アーセナルの入り口がスライド。入って来たのは黄色のワンピースの巨乳美女!その女性はナラクを見つけると、ふふ、と微笑む!

「やっと見つけましたよナラク。ギルドに行っても閉鎖されているので随分探したんですよ」

ナラクはその女性を見て素直に一言。

「ポトアさんはいつも色気全開だね」

ナラクにポトアさんと呼ばれた女性はさりげなくナラクの隣に座って誘惑の一言。

「私はいつでも良いんですよ」

親子は唖然。ナラクは気楽に現状を訊く。

「指環の調子はどう?」

ナラクの性欲を引き出せなかったポトアだがいつもの調子で答える。

「順調に動いてくれてます。お蔭で前とは数段上の力を扱えるようになりました。本当にありがとうございますナラク♡」

ポトアはキスの出来る距離まで迫るがナラクはびくともしない。

「そりゃあ良かった。それで俺に何の用?」

ここまでやっているのに何もしようとしないナラクにポトア、ハヤネ、キネルは絶句!その空気を感じ取ったナラクはアホに言う。

「客に手を出す訳ないでしょ」

三人共溜め息を吐く。ナラクは気にせずポトアの指環に触れた。それを見たハヤネ。

「ナラク!何をしようとしてるの!?」

ハヤネの怒声を気にしないナラクは頬を赤らめるポトアを気にせず指環を調べる。すると指環が発光。

「なるほど、確かに順調に再生されてきてる。これなら後半年もあれば前よりも強靭になる。おめでとうポトアさん」

ポトアは一粒の涙。そこにキネル。

「二人はどういう関係なんだ?」

ナラクはさっき言っただろという顔。

「だから客だよ、この人は識騎士なんだ。赤騎士のポトアって割と有名だろ?そもそもここに正規ルートで入れんだから知ってるだろ」

キネルは思考を巡らす。

「赤騎士のポトアは現役を引退したはずだろ?なのにこのねぇちゃんは識騎士の中でもトップクラスに見えるぞ。何やりやがったナラク!?」

「ポトアさん、説明しても?」

キネルは息を荒らげているが、ナラクは涼しいもの。その上でポトアは頷く。

ナラクは説明を始めた。

「ポトアさんはある戦いでエナジーを一般人でも出来そうなコントロールですら出来なくなった。そこで学院の時同じクラスだった姉さんがポトアさんを創ったばかりの俺のギルドに連れて来たんだ。そこで俺はポトアさんに治療用の指環を創った。それでメンテナンスを定期的に行なって来た。ちなみに金は姉さんが出した。とまあ、こんなものかな」

親子は揃って首を傾げる。ハヤネが踏み込む。

「でも明らかにお父さんも言ってたけどエナジーをかなりのレベルで使えるでしょ。それはどう説明するつもり?」

ナラクは呆れる。

「だからポトアさんは識騎士なんだから強くて当然だろ。それとも識騎士の程度を知らないのか?」

ハヤネはポツッと。

「そういえば私はよく知らない。お父さんは知ってる?」

キネルはどう答えるか悩む。それを見ていたナラクとポトアは失笑するが、すぐにナラクがキネルを助ける。

「シンプルにキネルさんとポトアさんが戦えばおそらく九対一でポトアさんが有利です」

「待てそれ程の差がこの騎士か?に俺が負けるって言うつもりかぁ!?」

「そんな声を荒らげてまでの主張がそれで良いんですか?」

ナラクの発言はキネルには意外だったようで勢いを止められた。ナラクはそんなキネルに提案。

「納得いかないなら実際に戦って見ればいい。本当に九対一だって思い知らされるから」

キネルは言葉を絞り出す。

「どうしてそこまで言い切れる?」

「ポトアさんは聖騎士候補者だから」

「マジでか?」

「下級荒神程度だと聖騎士には勝ち目ないでしょ。ポトアさんは後一歩で聖騎士になれる実力と伸びしろがある。そんな騎士に勝ち目がちょっとあるだけで大したもん」

ナラクは純粋にキネルを褒めたつもり。それにポトアが反応。

「でもナラクは私を軽く倒せるでしょ?」

「言うまでもない」

ナラクは事実を口にしたとしか思っていない。ポトア、キネル、ハヤネは黙り込む。ナラクはポトアに質問。

「それでポトアさんは俺に何の用?」

ポトアは正気を取り戻す。

「そうでした。ナラク、今度の中級昇格試練にゲストとして来てくれませんか?」

ナラクは半眼で、んん?「何で?」

ナラクにとっては当然の疑問。しかしポトアにとっては当然の注文。ポトアはちゃんと説明を始める。

「今度の中級昇格試練にナラクの指環を身につけて出る方がいますよね?なので指環の解説が出来る人が必要です。そしてそれが出来るのは指環屋を名乗るナラクにしか務まらない。だからこうして頼みに来ました。どうです、シンプルなお願いでしょう?」

ポトアは真っ直ぐナラクを見つめる。これは逃げられないと悟ったナラクは諦め混じりに答える。

「引き受けると俺には何のメリットがある?」

「百万ルブを支払います。後は何を企んでもらっても構いません」

予め何かを起こしても構わないスタンスとして来てもらって良いという絶好のポジションにナラクは決断。

「本当に構わないんだな?」

ポトアは「はい」の一言。ナラクは思わずニヤける。

「良いぜ、引き受ける」

ナラクは席を立つと裏ルートとなっているトイレのドアへ。それをキネルがナラクの背に向かって声を掛ける。

「もう行くつもりか?」

ナラクは素直に、はい、と答える。

「待て待て、お前何を試そうとしてるんだ?」

キネルは真剣な眼。ナラクは舞台に出て来る悪役然とした眼を三人に向ける。

「十日間、何も起こらないと良いですね」

ナラクは裏ルートから帰って行った。それを見送ったポトアも立ち上がり正規ルートから帰ろうとするが、またキネルは声をポトアに掛ける。

「あんたはナラクが何を試そうか検討がついてるのか?」

ポトアは振り返り、笑顔を見せる。

「まさか、一つ言えるのはナラクにとっては実験でしかない。そういう所も私がナラクを好きな理由の一つです、では」

ポトアは正規ルートから出て行った。ハヤネは父キネルに一言。「何を企む気かしら」

キネルは動き出す。

「さあな取り敢えずそろそろ客がチョロチョロ来る頃合いだろ、準備始めんぞ」

「お父さんは今日休みでしょ?」

「あんなやり取り見せられてじっとしてられるか、始めるぞ!」

ハヤネはしょうがない顔で常連客を迎える準備を始めた。







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