第6話指環創り、巻く

自由ギルド指環屋のギルドハウス兼ナラクの自宅のドアが開く。目の前にはさっきまで座っていた椅子と指環が置かれたままの机。そこはさっきまでナラクが指環のメンテナンスをしていた領域。つまりナラクは自分の庭に戻ってきた。

一つ違うのはエーテルが濃くなっている。特級傭神のクグ程度なら五秒でもいれば無に帰す。

そんな領域でナラクは両腕を上に伸ばす。何とも気持ち良さそうに顔が緩んでいる。

満足したナラクは半径二メートルの円、ナラクが円釜の出入り口と呼んでいる円から五メートルほど離れた位置でアーセナルで仕入れた精霊鉱の屑2トンを出現させる。ナラクが出入り口にエナジーを送る。すると屑をどんどん呑んでいるように沈んでいく。全ての屑を呑み込むと領域のエーテルの質が上がった。ただ危険度は呑み込む前と変わらない。

ナラクは清々しい顔で満足気。

そこにさっきまでアーセナルで一緒にいたポトアがギルド領域に入って来た。その女性の第一声。

「相変わらず生命の危機を感じる領域ですね」

別れてまだ十分ぐらいしか経っていない。なのにポトアは手に紙袋を持ち、ナラクを見つけるともう片方の腕を挙げて振った。

ナラクはポトアに手が届く距離まで跳躍。ナラクはびっくりした声。

「何で今ここに来たんですか?」

「もう少し喋りたいと思ったんですがダメでしたか?」

ポトアに色気全開でそんな言葉を言わせるのだからナラクも中々罪つくりなもの。

ナラクは鈍感ではない。だがそれに応える気が無くさっさと他の男を見つければ良い。それがナラクの本音なのだが女達はそれを気にしない。なぜならナラクと並ぶ男が周りにいない、本気でそう思っている!だからこそナラクの女になりたい!自分の全てを捧げられるナラクの女に!

ナラクにとって頭を悩ませる案件なのは間違いない。だからといって女性に会わないように生活するのは不可能。ポトアのように直接ナラクに会いに来る。

だからこそナラクは平然とこれからの仕事を口にする。

「今から指環を創るので出て行って欲しいんですが」

「嫌です、私はその仕事も見に来たんですから。それが叶わないのであれば私がここに来た事実に一つの嘘を混ぜてばら撒きますよ」

ふむ、ナラクは一考。

「構いません。ですから出て行って下さい」

「私達が恋仲という嘘をばら撒いていいんですか?」

ナラクは不思議さを口にする。

「いいですよ、それで一番損をするのはポトアさんですから」

ポトアはナラクについて多少は知っている。強がりではなく結果だけを見れば本当にそうなる。ナラクの頭の中では見えているそれをポトアは訊かずにはいられない!

「ただの強がりに聞こえますよ、その根拠は?」

ナラクはポトアを見透かしている。それでもお客さんとしての付き合いがある。仕方なくナラクはポトアの強がりに付き合う。

「仮にその嘘をばら撒いてもそれを信じるのポトアさんを好きな人ぐらいですよ。そうすると俺を襲って来る連中もいるだろうけど丁度良い実験台にしかならない。俺にとっては得でしかない。その結果、ポトアさんは嘘つき扱いになりポトアさんの評価がただただ下がるだけですよ」

ナラクは円釜の出入り口を見る。

「それに指環を創る所をここで見たらポトアさんは消滅しますよ。それで良いならどうぞここで見ていて下さい。今までありがとうございました」

ポトアも円釜の出入り口を見る。

「なら何でナラクは平気でいられるんですか?自分だけが特別だとでも言うつもりですか?」

ポトアは自分でも馬鹿を口にしている自覚はある。だが言わずにはいられなかった。その発言にナラクはいつも通り答える。

「理由は俺が指環屋だから。それ以外は無いんですよ」

ポトアは納得いかなかった。ただナラクは基本、嘘をつかない!だからナラクがそう言うのであれば受け入れるしかない。

それでもポトアはナラクに願う。

「本当に見れないんでしょうか?」

ポトアには珍しく可愛く言ってみた。これは相当な破壊力、ナラクを少し困らせる程。仕方なくナラクは裏技を提案。

「五十万ルブ支払えますか?」

その提案にポトアは困惑気味に。

「どういう意味でしょうか?」

「指環に一度だけ通用する細工をします。その料金が五十万ルブです」

「お金を取るんですか?」

「これでも妥協してるんですよ。本来ならこの案すら出さない。嫌だと言うならこの案は無しで」

ナラクは提案を終えて気楽なもの。ポトアは考え込む。指環を創る所は正直見たいのだが五十万ルブの価値があるのか、それとも本当に見せたくなくてこの微妙に悩ませこの件を無しにしたいだけなのか。そこにナラクの一言。

「無理しなくて良いですよ。悩むのは俺にそれだけの価値が無い、会うのは指環のメンテナンスの時に預かる時だけで良いと言ってるのと変わらないですよ。だからポトアさんの人生に俺は必要無いと自覚する良いきっかけです」

そう言ったナラクはポトアを転移させるつもりで術を編む。ポトアはただの客に格下げされる恐怖、それは人生の終わり。その自覚にポトアは涙が流れている自覚も無く叫んだ!

「お金払うから私を見捨てないで!!」

ナラクは術を編むのを止め、ポトアの涙をハンカチで拭き心配な口調で更に優しく接する。

「俺はポトアさんの本気を見たかっただけですよ。だから落ち着いて」

そこでキスをしないのがナラクという男。しかも次の声はあっけらかん。

「では五十万ルブ支払ってください。指環創りを見れるのは得しかありませんから」

相変わらずの切り替えの早さ。ポトアでなくともほとんどのもの達がついていけないナラクの早さは異常であり唯一無二。だがそれを育て、磨き、並ぶ者達は確かに存在する!実際に自由ギルド指環屋はナラクだけではない。他に三人。その三人共ナラクが仲間にスカウトした傑物。今はそれぞれの場所で活躍中。たまにナラクがメッセージを受け取ると返信するぐらいで直接会うのは三、四カ月に一回。ナラクはそれで構わない。元々そういう約束の上でギルドに所属してもらっている。そもそもナラク一人で成立するようにギルドを創っている。現状は人手が必要な時に手伝ってくれれば良いというスタンス。それにナラクについていけるのだからその三人も充分異常。

ポトアは気を取り直す。ちゃんと考えればこれ程の学びはそうあり得ない!五十万ルブは間違いなく破格!小さな財布を取り出すポトア。取り出したものをナラクに手渡す。ナラクは手に取って珍しがる。

「識色貨・白か。珍しい貨幣持ってますね、直に持ったのは初めてかも。やっぱり識騎士だからですか?」

「はい、毎月支給されます。その後に仲間内で交換するんです」

「その一つがこの白ですか。確かに五十万ルブはしますね。取引成立です。後は指環に細工をするだけですね。指環は外す必要はありません、手を見せてくれるだけでいいです」

ナラクは必要な言葉を並べる。ポトアはそれについて行けない。ナラクはそれを感じ取る。

「すいません、俺が何をするかを説明したほうが良いですか?」

ポトアは目をパチクリ。

「説明してくれるんですか?」

「勿論です」

ナラクは自分の右手の指環を見せながら

「俺の創る指環には全て余白があります。そこに術を備えるイメージです」術を編む。

ポトアはしっくりきていない。急に余白と言われてもそのイメージが出来ない。察したナラクはもう少し説明を簡素化する。

「片付けられた机が余白。机の上に持ち物を置く、これが術を備える。その持ち物を使ったら無くなってまた余白が生まれる。つまり机をクリーニングする必要はありますが指環の負担は無い。これで勘弁して下さい」

ナラクは微笑。ポトアは何とか理解。その上で訊きたい問題が出て来た。

「クリーニング代も支払わなければいけないんですか?」

ナラクは識色貨・白を見せながら

「大丈夫ですよ、その料金もこの白に含まれてますから。そろそろ術を施さないとポトアさんが消滅しかねないので指環を見せて下さい」

この領域の管理者でもあるナラクの言葉は軽いが重い。ポトアは指環を見せる。ナラクは右人差し指でポトアの指環に触れる。指環が瞬く。

「はい、これで問題ありません。それでもあの円から二メートルは離れてて下さい」

ナラクは空間からクグが差し出した黒鋼を取り出し、円釜の出入り口に落とす。すると領域内の空気が濁る!ナラクは濁りを円の中に収束していく。濁りを完全に収束すると十メートル程の濁った光の柱に。ナラクはその柱を回転させる。徐々に光が削られていく。削られた光は濁りを濃密にしていく。光の柱は1本の糸に。それを指環のサイズになるように糸を巻いていく。全ての糸が巻かれ指環の形にすると調整のため更に巻くと渦が発生。その渦は濁りを浄化していく。全て浄化されると指環は輝く!その指環は宙に浮いた後、消えた。ナラクは問題が無いか確かめると円釜から離れた。そんなナラクにポトアは問いかける。

「良いんですか?あれで」

「後は一日熟成を待つだけです」

そう言ってナラクは椅子に座ると一呼吸。その呼吸には疲れが視て取れるが充実している。ナラクにとって指環創りが一番の鍛錬であり開拓でもある。それを察したポトアは優しく

「いつもあんな風に指環を創っているんですか?」素朴な疑問。

ナラクは簡潔に「違いますよ」

驚くポトアに更に続ける。

「安価品は創りにくいんですよ。工程がいくつかあって。だから創る気は無かったけど翠貨をノータイムで出されたら弟子としてはやらない訳には行かないんですよ」

「あの翠貨ですか!?」

さらに驚くポトア。翠貨はただの貨幣ではない。それを知っているなら何がなんでも手に入れたい代物。ナラクはだからこそ指環を創った。ナラクにとっても一つでも多く持っておきたい。ポトアはようやく納得がいった。

「確かに引き受けますね、ナラクが何がしたいか知っている者達なら全員納得が行くでしょうね」

ナラクは机の下のアイテムボックスから椅子を取り出しエナジーフィールドを展開しいつも座っている椅子のほうに座って

「ポトアさん、その紙袋の中には何が入ってるんですか?」

ポトアは微笑。

「生ハムサンドイッチです、ここに来る途中で買いました」

紙袋から見せた後、ポトアは自分のアイテムボックスから皿を二枚に水筒とコップを二つ取り出し机に置いた。

「炭酸水です」

そう言って皿に生ハムサンドイッチを乗せてポトアは椅子に座った。

「さあ、いただきましょう」

「ではごちそうになります、いただきます」

二人はそれから飲み食いをしながら会話を楽しんだ。






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