第3話アーセナル
「全く、結構長く突っ立ってたな。にしてもクグに部下ねぇ、何狙ってんだか」
指環のメンテナンスが明後日までの分まで終わらせたナラクは遠い目で呟き、椅子から立ち上がる。
創られた半径二メートルの円と後一歩で入れる位置で立ち止まり円に靴先からエナジーを流すと円の中の情報をヴィジョンにして映す。それを目にしたナラクはまた呟く。
「エーテルが大分減ってる、リペアもしたのが原因だな。仕方ない、仕入れに行くか」
ヴィジョンは消え、ナラクは一軒家の方を見る。その後にクグ達が出て行った方を見て、呟く。
「たまには散策するのも有りか」
クグ達が出た方からナラクは領域を出た。
立入禁止の立て札を見て領域の
「レベル上げとかないとな」
立て札に触れたナラクは領域内をレベル零からレベル二に設定した。更に立て札のメッセージを立入禁止から仕込み中に変えた。
「良し、行くか」
ナラクは歩き始める。周りの風景はいつもと変わらない。この神殿跡地をそういうものにナラクが造り変えた。傭神如きでは葉っぱ一枚すら形を変えられない。この土地を荒させない為とエネルギー管理も兼ねている。
風景が変わる!
翠都の風景がナラクの視界に広がる。
葉っぱを踏むと葉っぱは原形を保てずバラバラに。
不自然な環境から自然な風景に変わるのは一年経ってもナラクは面白がる。
歩き慣れた道に入ると、
「あれもしかしてナラクじゃないか?」
「もしかしなくてもナラクよ」
「うっわー、相変わらずかっけぇなあいつ」
そんな声が聞こえてきてもナラクはただ歩く。目的地は百メートル先でも目立つ赤レンガの三階建ての図書館。
ナラクはその建物内に入るとすぐ左にある階段を下りる。地下二階の一番下まで来たナラク。壁しかない行き止まりに右掌を当てると壁が凹み、その部分がスライド。その中へ入って行くナラク。
そこは喫茶店。店名はアーセナル。
いらっしゃいませの言葉も無いが間違いなく喫茶店。席はカウンター席も含めて二十席。客は二人。
ナラクはいつものカウンター席に座ると、キッチンの奥から女性は慌てて出て来た。
「ナラク何で正規ルートから入って来るの?どこの誰がナラクの特等席に座ったかとハラハラしたんだから。それで裏ルートを使わなかった理由は何?」
まくしたてる女性にナラクは仕方なく一言。
「俺はここに客として来てるんですよ。先に言うべき挨拶があるでしょ」
ナラクは変わらずエメラルドグリーンの短髪に白シャツと白い短パンにエメラルドグリーンのエプロン女性を見つめる。
「ナラクはいつもナラクね。いらっしゃい、それで何で裏ルートを使わず正規ルートから入って来たのよ?」
「散策ですよ、気晴らしに」
「本当にそれだけなの?」
女性はまだ警戒している。ナラクも無茶を言っている自覚はある。ナラクは三日間、ナラクの拉致を企むギルドに狙われていた時期にこの喫茶店でも一悶着あった。それ以来裏ルートで来ていたのが今日、正規ルートで来たのだから警戒は当然の対応だろう。後、そのギルドは壊滅した。
「気晴らしなのは間違いないって。傭神がアポ無しで来てその注文に応えないといけなくなって、それでちょっと腹が立ってたのは確かだよ」
頬杖をつくナラクを見た女性は腕を組む。豊満な胸が強調される。
「もしかしてクグの注文?」
「傭神でアポ無しで注文に来るの、他にいます?」
ナラクは苦笑。それを見た女性も苦笑。
「成る程、それで注文を受けたのね。それで気晴らしか…、やっと納得出来た。災難だったわね、ナラク」
姿勢を正したナラクは愚痴る。
「本当にそうなんですよね。とはいえあの領域のレベル二を維持するのも二週間が限界なんでレベル零にしとくとこうなる」
女性は真剣に問う。
「そんなに難しいものなの?そのレベルの維持って」
「難しいというか、俺のギルドの取り扱いはそこらへんの魔導師では無理ですよ。正直、俺だから扱える。そもそも指環屋をやっていくのに必要だから、ああなんですよ」
ナラクの当然の顔は驕りからではなく、確信!
女性は微笑。
「本当にそうなんでしょうけど、あそこまで造り込む必要あるの?」
「何言ってるんですか、あれでもあの領域は俺の理想に届いていないんですよ、俺の実力不足でね」
女性は信じられない目でナラクを見つめる。この手の反応に慣れているナラクは女性を凝視。
「それでも今の現状でも指環の研究開発は出来るから困ってはいませんよ」
ナラクはリラックスした表情に変わる。そこでアーセナルに来た理由を思い出す。
「それでハヤネさん…」
「待てっ!」
いきなりテーブル客の一人が立ち上がりナラクを殴れる距離まで迫る。それでもナラクはリラックスした状態をキープしながら面白がる。
「何か急に来たけど、俺に向かって突っかかってるんだよね?」
その肥満男の客は恨めしい目。
「お前はハヤネさんの何なんだ?返答次第では痛い目にあってもらう…さあ、言え!」
ナラクはハヤネを見ると困り顔。ナラクは一呼吸。そして邪魔なものを見る目で男に問う。
「俺はここの客だよ。あんたこそハヤネさんの何なんだ?彼氏って訳でもないんだろう」
ナラクは悪い顔で笑む。男は怒鳴る!
「俺はお前のようなハヤネさんにたかるハエじゃねえ!俺とは将来夫婦になる関係だぁ!!」
ハヤネは明らかな嫌悪感から一歩引く。それを男は気付いていない。ナラクも自分をハエ呼ばわりする男に興味が失せる。それでもほっとくとハヤネの身が危険かもしれない。そうならないよう男の実力を明らかにしておく必要があると感じたナラクは男にフッかける。
「へぇ~、なら俺を倒せる自信があるんだろ?それなら是非、その実力を見せて欲しいね。それとも、ハエに負ける男なのかな?」
男は憤慨!右のエナジーフィストがナラクの顔面にヒット。男はニヤッといやらしい笑顔を見せるが、ナラクは無傷でノーダメージ。予めエナジーフィールドを全身に膜のように張っていた。それに気付いたのはエナジーフィストがヒットした後、ナラクの身体の膜が微かに揺れるのを感じたハヤネのみ。男は渾身の攻撃が通じないナラクを見て混乱。ナラクはこんなものかと首を傾げ、更にフッかける!
「あんた魔導師みたいだけど意地汚さではハエにも劣ってる自覚ある?」
「お前!殺す!!」
まんまと誘いに乗った男はエナジーを魔力に転換。男はその魔力を右手に纏わせ叫ぶ!
〈「ファイアボール!」〉
威力は前のエナジーフィストの数段上。それをナラクは左人差し指で突いて受け止める!ファイアボールは霧散。男は指の突きの勢いで後ろに背中から倒れ、頭もぶつける。その様を見たナラクはしょうもないものを見せられてる気分になった。
「殺すとか言ってこんなもんか。もし悪漢からハヤネさんを守るには明らかな実力不足だな。しかも相手の実力も見抜けない奴は何故か全力を出せば勝てると思ってるんだよな。ちゃんと聞いてるか?あんた」
マヌケな男に同意を求めるナラク。男は倒されている自分が信じられないでいた。そんな思考になっているのにナラクの言葉が耳に入ってくるはずもない。そんな男の目に入ってきたのはナラクを心配するハヤネの姿だった!
「大丈夫、ナラク。違う、あなたに対して失礼な言葉よね?」
「そうでもありませんよ。近頃心配してくれる人がめっきり減ったからハヤネさんみたいな人は俺にとって貴重ですよ。ありがとうございます、ハヤネさん♪」
ナラクはとびっきりの明るい笑顔!ハヤネはこのまま間違いを犯しても良いとさえ感じる程、体が火照る。そこに水を差すのはもう一人の客。
「お前なあ…、一応仕事中だぞ」
呆れ顔の男、格好は茶色革にまとめたその男はナラクをハエ呼ばわりした男の近くでしゃがむ。
「お前ぇ~、この程度で済んでラッキーな」
ラッキーの言葉で気を取り戻したマヌケは文句。
「何を言ってる?俺は被害者だ!今すぐ傭神隊を呼べ!」
「それで捕まっちまうのは、お前だ!」
革男の凄みにマヌケ顔が醜く歪む!ハヤネはもう少しだったのにという顔。ナラクは気軽に革男に声を掛ける。
「キネルさん、その辺で。後は俺がやりますよ」
「そういう訳にはいかねぇだろ、俺の立場としてはな。それにしても二ヶ月前よりも腕上げたな、ナラク」
ナラクの名に反応する肥満男は焦りからか体中から脂汗。
「まさか指環屋?」
今度はナラクが指環屋の名に反応。肥満男に向かって問う。
「何、指環屋って悪名にでもなってんの?」
「かかかかかか関わってはいけないと聞かされている」
ナラクは一呼吸。キネルの方を見て頭を下げて頼む。
「これの…始末、…任してもいいですか?」
キネルは喜色満面で歯を見せて笑うとエナジーを神気にして肥満男を問答無用で転移させた!
「馴染みのギルドにメッセージ付きで転移させた。あそこならすぐ対応してくれんだろ。さて、今日このアーセナルに何用だぁ~?」
キネルに恐ろしい目を向けるハヤネ。
「それは私の仕事でしょ。何今日は仕事休むよ。全く休んでない上に私の邪魔までして、本当に良い所だったのに!」
耳を真っ赤にしてハヤネは訴えた!キネルは首辺りで右手をヒラヒラ。
「店の中でやろうとするからだろうが」
ハヤネは顔も真っ赤に。それを見守っていたナラクはいやいやと手を振る。
「そこら辺は師匠に固く言われてるんでやりませんよ。それでですね今日は精霊鉱の屑を仕入れに来たんですよ、ありますよね?」
至って冷静なナラクに二人は揃って息を吐く。ナラクはそれを見て告げる。
「さすが親子ですね、息がぴったりでしたよ」
「やめて、ナラクでも怒るわよ」
否定しながらも照れもあるハヤネの声にキネル。
「お前、母ちゃんに似てきたな。声音なんてそのまんまだ。そりゃあいろんな虫がひっついてくるわ」
「それ、単なるノロケですよキネルさん」
ハヤネは叫びたくなる衝動を抑えナラクに命令口調。
「たくさんあるから、まずはこっちに来なさい!」
キッチンに繋がるスペースから更に奥のスペースへ入って行く三人。
そこは八階建てのマンションを建てられる程の深さと広さのあるスペースに精霊鉱の屑が山盛り!ハヤネは口にする。
「2トン程あるけど持っていける?」
「もっとあっても持っていけるから大丈夫だけど、随分集まるようになりましたね」
「そりゃあただ同然で屑を処分出来るんだ。一応ここの保管代は貰うようにしてるがそれでも喜んで支払ってくれんだから、こっちとしてもありがたいもんさ」
精霊鉱はそのままでは使いものにならないが、精霊石に加工すると様々な用途に使える。だが問題は精霊石に加工する時に出る屑。屑は何にも使えないだけでなく、半年程そのままにしとくと辺りを精霊でも住めない空間になる。それを未然に防ぐために処分が必要なのだがその行為自体が危険で、処分を生業にしている者達ですら毎年死人が出る程大変!しかも1トン処分するだけで五千万ルブは掛かる。それが1トンで三百万ルブ、ノーリスクで片付けられる!このアーセナルは元武器屋だったのだが今ではその保管代だけでやっていけるので、武器屋は現在、休業中。
そして本来マイナス価値の精霊鉱の屑をナラクはハヤネにランスロット金貨を三枚手渡す。
「今の相場で三百万ルブ、文句は?」
二人はじっとナラクを見て息を漏らす。
「いつも思うんだけど本来は私達がお金を支払う側でしょ。だからタダで持っていっても構わないのよ?」
ナラクは言われるとは思っていなかった言葉にきょとん。
「何言ってるんですか?ここに置いておくリスクを考えれば当然の対価ですよ。という訳で全部貰っていきますよ」
ナラクは両手の人差し指と中指に指環をはめている。その左手中指の指環に魔力を微かに流す。鈍い光の円が2トンの精霊鉱の屑を囲み、飲み込む!二人にとってその光景は何か恐ろしいものを見せられている気分で何度も見ているのに見慣れない!
屑が全て飲み込まれると円は消えた。ナラクは満足気に呟く。
「まぁ、二ヶ月は余裕で保つかな」
そのナラクの言葉は二人には信じられない言葉。二人は指環を創るのに必要と言われても、未だに理解に苦しむ。そう思われていようが構わないナラクはハヤネに頼む。
「何か食べられるものありませんか?腹ぁ減っちゃって」
キネルはポカン。もう昼時だと気付いてハヤネは笑顔!
「サンドイッチで良いならすぐ作れるわ」
「良いですね、いくらですか?」
ナラクは当然のように言うとハヤネは叱るように告げる!
「はっきり言うわよ。今日はこれ以上ナラクからお金を受け取る気にはならないわ。好きなだけ作るから好きなだけ食べていきなさい!」
娘の言葉にキネルはくくっと笑う。
三人は喫茶店に戻り、ハヤネの作ったサンドイッチをナラクは頬張った。
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