第2話クグとバゾ

立入禁止の立て札より外に出た特級傭神クグとその男に引きずられながら意識は朦朧としている下級傭神のバゾ。ちゃんと呼吸が出来るようになったのに気付き胸当てのバゾはこれでもかと言うほど外の空気を取り込んだ。何とか意識を取り戻したバゾはクグに問う。

「クグさん、何なんすかあの空間?明らかに異常ですよ?あんな所にいたらすぐ死にますよ」

バゾは正気を取り戻し頭が働くようになって更に疑問。

「何であの男は平気でいられるんすか?」

全くしょうがないという顔で部下であるバゾに答える。

「あの空間は絶域だ。お前も傭神養成所の授業で教わっただろ?」

バゾは首をひねる。

「教わりましたかねぇ、俺実技で傭神に成れたので正直絶域って言葉も今初めて聞いた感じです」

無邪気に笑うバゾを見て、クグは右手を額に当てる。こんな傭神なら知ってるであろう知識が無いバゾに仕方なく答える。

「絶域っていうのは持ち主とその持ち主が認めた存在以外を衰弱させる領域だ。俺が割と大丈夫なのは多少認められてるからだな」

クグは嘘をつく。バゾはいやいや違うでしょと顔の前で手を振る。

「明らかな嫌悪感を向けた相手だからこそのあの仕打ちでしょ?」

「あの幻術については挨拶代わりだろ。そもそも俺はあいつにそんなに好感を持たれてないだろうからな」

真面目な顔と真面目な口調で言うクグにバゾは

「いやいやいやそこまでして何であんな所にわざわざ行って殺されかけられないといけないんすか?」

「それはアポ無しで行ったからだろ」

「ならアポ取ってればあんな目にあわずに済んだんすか?」

クグはああ、と頷く。

「だったらアポ取って下さいよ。俺本当に死んだと感じたんすよ!」

怒りがこみ上がって来たバゾに対しクグは冷静そのもの。

「仕方がなかった、アポを取っていたら会えるのは一週間後、それではとっくに中級昇格試練は終わってしまっているんだからな」

バゾはきょとん。クグは一仕事終えたような顔。そんなクグを見てバゾは思い出す。

「あれに翠貨渡してませんでしたか?」

「そりゃあ渡すだろ。そうでなければあいつは依頼を断っただろうからな」

あっけらかんなクグの態度にバゾは激怒!

「何やらかしてるんすか!翠貨がどれだけ貴重か知らないんすか!?勿体無いにも程ってあるでしょ。そんな気違いな真似して俺でも納得の行く説明できるんすか?」

クグはふむと一呼吸。

「もしナラクが創る指環の価値を知る者なら翠貨一枚を渡すぐらいで手に入れられるなら喜んで差し出すだろうな」

バゾは聞き捨てられない言葉に反応。

「まさか指環一つに翠貨一枚ですか?」

「ナラクの指環にはそれだけの価値があるんだよ」

何を言ってるんだという顔でクグを責める。

「指環なんて魔導品の中でも下の代物っすよ。あんなバフとデバフ一回ずつ使ったら塵になる物に翠貨一枚?十万ルブでも高く感じる物に今の相場で一枚一千万ルブをドブに捨てるなんて、どうかしてるっす!」

クグは促す。

「それで全部か?ここで突っ立ってても仕方ないからブレイズに戻るぞ」

ギルドに戻ろうとするクグにバゾはまだ訴える。

「今の俺の望みは強くなって中級傭神へのランクアップです!その為に良い武器を手に入れるために連れられて来たら、指環?そんな物で中級傭神に成れる訳ないでしょ。だから今直ぐ翠貨を取り戻しに行くっすよ!」

クグは冷めた声で告げる。

「行くなら一人で行って来い。奇跡を二度起こせる訳が無い」

「何を言ってるんすか、あいつはたかが魔導師なんですよね。さっきの攻撃だって寸止めでしょ。なら今度は腕の一つでもぶった斬れば翠貨を取り返すのは簡単っすよ」

「お前の目は節穴か?あれは本当に通らなかったんだよ。本当に大丈夫かお前?あいつと俺達との実力差は天と地の差だぞ。そもそも中級昇格試練のためにナラクの指環が必要なんだよ、と言ってもお前は信じないんだろうな」

バゾは頭の中がこんがらがる。中級昇格試練のためにあいつの指環が要ると言われてもバゾには馬鹿にされている気分でしかない。そもそも何者なのかも知らない男相手に死にかけた。

「そうだ、死にかけた」

「そうだな、死にかけたな」

クグは昔の出来事のように口にする。

バゾは自分とクグの言葉にいやいやいや。

「何で死にかけてるんすか?俺達は傭神っすよ」

「そうだな、傭神だな」

クグの落ち着き払った姿にバゾは混乱。

「いやいや、あいつ見た感じ俺より歳下っすよね?」

「お前の歳が二十で合ってるならお前の方が二つ上だな」

「待って下さい!」

バゾは信じられない。十八歳のガキに翠貨を渡して手に入るのが指環?そんな物で中級昇格試練をクリア出来る?そんな雑な思考。

「馬鹿言わないで下さい、指環一つで人生を変えられるって言ってるようなもんっすよ?そんなのあり得ませんよ!」

バゾは噛みつかんばかりにクグに迫る!相手がクグでもその目には殺意が宿っている!

そんなバゾを見てクグは一年前の自分を思い出した。

「今のお前の殺意は懐かしいというか久し振りにナラクのデタラメさと自分の力の無さを思い出したよ」

??バゾは力の行き先を見失った。

「殺意って懐かしむものっすか?」

あの魔導師のデタラメさというものにも興味が引かれたバゾだが、殺意はバゾの中で懐かしむものではない。

クグはバゾのマヌケな顔に思わず吹き出す。

「ハハハハハ、ナラクと初めて会った時の俺もあいつに殺意を向けたら、いい笑いものにされたっけな」

バゾは意外だった。いつもぶつかっていくスタイルのクグがいい笑いものにされたのなら、自分の知るクグなら怒りが再燃するはず。なのにクグは笑い流した!

「何で笑えるんすか?それって虚仮にされたんですよね?どこに笑える要素があるんすか?」

バゾにはもう殺意を保てなくなっていた。自分の上司のこんな姿、もう珍しくてそれどころではない。クグは微かに緩む。

「取り敢えずギルドに戻ろうぜ。そこで続き?をしよう。いいかげんここに突っ立てるのには飽きた」

周りに人気は無い。それでもここに突っ立てるのは何か可笑しい。

「ならさっさとギルドに戻るっすよ!」

バゾは続きを聞きたくて気持ちが逸る。

クグは立入禁止の立て札を見てから、バゾを連れて自分達のギルドに向かった。














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