29. 武器入手
サフィラは一も二もなく、クラヴィスへと手を伸ばした。頭にかけられたタオルが船床へと落ちる。クラヴィスは手に持った武具を手渡し、アウクシリアがその身体を引き上げた。
船に戻ったクラヴィスに、サフィラは勢いよく抱き着く。不意をつかれたクラヴィスはごちんと背中を強く打ち、うめいた。
「サ、サフィラ」
「よかった。よかった、クラヴィス」
サフィラは、クラヴィスの裸の胸に顔を押し付けて泣きじゃくった。クラヴィスの濡れた肌に、熱い雫が落ちて溶けていく。
「クラヴィス、ごめん。クラヴィス……」
なんとか身体を起こしたクラヴィスは、戸惑いつつもサフィラの背中を撫でてやった。それにサフィラはますます激しく泣きだして、アウクシリアは「なんだ」と、ほっとしたように笑った。
「お前たち、幽霊じゃないよな?」
「そうに決まっているだろう」
憮然とした表情でクラヴィスが答える。サフィラもようやく落ち着いたのか、「ごめん」と鼻をすすりつつ身体を離した。
クラヴィスは、タオルを拾ってサフィラの頭をがしがしと拭く。サフィラがその力に耐えきれずに頭をさげるのを、さらに抑え込むように撫でた。もう日は暮れて、太陽は水平線の向こうに沈んでいる。
ふと、クラヴィスの緑の瞳が遠くを見た。アウクシリアもそちらを見やれば、さらに西の方角から、白い円のようなものが近づいてくる。
「何だ。ありゃ」
目を
「泳ぐ太陽、テストゥードーだ」
それは白く、大きな海亀だった。甲羅は丸く、燐光を発している。
そして船に近づき、水を切って顔を上げた。赤い瞳が、船に乗った三人を捉える。
「やあ。こんばんは」
アウクシリアは絶句して、クラヴィスを見た。その下からサフィラがひょっこり顔を出し、船べりに身体を預けてテストゥードーに礼をする。
「いいよ。楽にしてくれ」
テストゥードーはきょろりと瞬きをして、クラヴィスを呼んだ。
「勇者。目的のものは、手に入ったかな」
「これか」
クラヴィスは、自らが手に入れた武具を見せた。黒っぽいガラス質のに、真っ白な鞘に納められた剣。
テストゥードーは「ああ」と、深く息をついた。
「それこそが、私の妻、マーレの身体で作られた鎧と剣だ」
そうだ、と懐かしむように彼は言う。
「鎧は鱗で作られていて、どんな攻撃であっても防ぐ」
クラヴィスは、剣を抜いた。つるりとした陶器のような質感の刃渡をしている。どこか優美な雰囲気に、サフィラは見惚れた。
「牙でてきた剣は切れ味鋭く、何物をも断つ。マーレの鱗にだって突き刺さるだろう」
クラヴィスは再び鞘へと納め、慣れた様子で腰へとさげた。
「今は君のものだから、好きに使うといい」
テストゥードーは満足げに、「よくやった」とひれで水を切る。波紋が立ち、静かに消えていった。
「しかし実のところ、私たちにはあまり時間がない」
彼はぐるぐると船の周りを旋回し、歌うように言った。サフィラの視線が、その白い円を追う。
「マーレは、次の新月の晩が明ける頃に目覚める。猶予は、今から数えて、あと数日ほどだろう」
アウクシリアは情報の許容量を超えたのか、ぼんやりとこの光景を見つめている。テストゥードーは、微笑みかけるように下瞼を持ち上げた。
「西の水平線で、マーレは目覚める。そして
だが、とテストゥードーは穏やかな声色で言った。
「逆に言えば、数日間、備える時間があるのだ」
クラヴィスはじっと、手元の武具を見つめていた。サフィラは頷き、東の空を振り返る。アウクシリアは「ちょっと待ってくれ」と、頭を抱えた。手を挙げると、テストゥードーが「何かね」と尋ねる。
「頭が追いつかない。どうして海亀が喋っている?」
「ああ、自己紹介がまだだったね」
テストゥードーはゆっくりとアウクシリアに視線を合わせ、首を伸ばした。
「私は太陽神、泳ぐ太陽テストゥードー。わらべうたで聞いたことはないかな?」
「聞いたことは、そりゃあるけどよぉ……!」
呻くアウクシリアに、テストゥードーは愉快げな笑い声をあげる。サフィラは杖を一振りして、明かりを灯した。そこに魚が群れるのを見て、またテストゥードーが笑う。
テストゥードーの大きな白い身体の下に、たくさんの魚たちが集った。小魚を狙って大きな魚たちも寄ってきて、一気に船の周りに影が増える。
「それじゃあ、私はお暇するよ。また会おう」
テストゥードーは、ひたりとサフィラを見据えた。サフィラも見つめ返し、にこりと笑う。
「はい。また、お会いしましょう」
その返事に、海亀の無機質な瞳がてらりと光った。音も立てずに大きな身体が海へと潜り、消えていく。
サフィラは、その背中をじっと見つめていた。クラヴィスは武具を置き、サフィラの衣服を持ち上げて開いた。
「ほら。着ろ」
ばさり、と衣服をかぶせてくる。サフィラが驚いてもがくと、クラヴィスは低く笑った。アウクシリアは深く息を吐き、やれやれと首を横に振る。
「まあ、いい。いずれにせよ、俺たちは墓場を荒しちまっている。お詫びに、死者へと祈るぞ。潜ったお前らは特にだ」
ほら、と彼は促し、自らの指を組んだ。サフィラも指を組み、額に当てて目を閉じた。
二人が祈り終えた後も、クラヴィスはじっと海面を見つめていた。サフィラが「ほら」とつつくと、やっとこちらを向く。
「きみも祈りなよ」
サフィラが促してようやく、彼は祈りの言葉を口にした。アウクシリアが「サフィラ」と呼びかける。
「俺が明かりをつけるから、お前は波で船を運んでくれ。近くの島に泊まる」
あーあ、とアウクシリアは伸びをする。何が何だか分からねぇよ、とぼやいた。
呪文を唱えて光を灯すのを待って、サフィラも杖を振る。。
アウクシリアの船の操縦をサフィラが波で助け、近くの島へと到着した。そのまま宿を取り、休むことになる。
それぞれの個室をとり、食事は三人でそろってとった。あんなにたくさんのことがあったのに、会話はない。
それでも、三人は一緒に食事をとった。ただアウクシリアが「無事でよかった」と呟いたので、二人は俯いて謝った。アウクシリアは、それを受け取った。
腹がくちくなって風呂に入り、眠りについた頃。半分の月が、高く昇っていた。
クラヴィスは一人起きだして、宿屋から抜け出す。海岸へと出て、穏やかな水面を見つめた。月明りに照らされて、海は静かに光っていた。
彼は衣服を脱ぎだし、身体を低く落とす。
「ウィータ。いるんだろう」
静かな水音を立てて、海へと飛び込んだ。後にはただ、凪いだ海面が広がっていた。
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