21. レガリア島の伝承
ペクタスはちいさく息を吸い込み、語り始めた。
「この島は、太陽神テストゥードーが陸へとあがる島と言われています」
「太陽が陸へあがる?」
サフィラが繰り返すと、ペクタスは「正確に言うと」と言葉を選びはじめる。
「……もっと西の方で、太陽は海亀になって、海へ入る。それで、最初に上陸したのが、このレガリア島って話で」
つっかえながらも、ペクタスは拙く続ける。
「うちの島の西に潜ると、大きな穴があるんです。それが島の地下にある大きな洞窟に繋がっていて、そこにテストゥードーがあがってくるんだとか」
クラヴィスがつまり、とまとめた。
「島の地下へと繋がる洞窟の入り口が、西の海の中にある。そこへテストゥードーが訪れる。合っているか?」
「はい、そうです。そこは常に魔法で明るく照らされていて、みんな読めない言語で壁に何か、書いてあって」
ふむ、とクラヴィスは腕組みをする。サフィラは手帳へと書きつけつつ、とんとんとペンの尻でこめかみを叩いた。考え込むサフィラをよそに、ペクタスは続ける。
「神子の仕事は、毎朝、太陽へ舞いを捧げることでした。あとは、海の中の入り口から洞窟に入って、祈りを捧げること。こういうふうに」
彼は少し緊張したように唇を噛み、口遊んだ。
「大いなるテストゥードーよ、始祖の蛇から生まれた泳ぐ太陽よ。汝が光り輝く限り、我らにとこしえの恵みあらん」
しんと静まり返った部屋で浅く息を吐き、吸って、さらに続ける。
「黄昏とともに我らも沈み、暁とともに我らも昇る。ひとは太陽と海の子なれば、死してなお、父と母への忠誠を誓わん」
ぞわり、とサフィラの肌が粟立った。ペクタスは言い終えて、サフィラの方を見て少し身体を引いた。
「神子に口伝されてきた、祈り文句です」
サフィラの口の端が、興奮で少し歪む。クラヴィスはサフィラの肩を抱きつつ、「他に知っていることは」と尋ねる。ペクタスは首を横に振った。
「……その洞窟に案内してもらうことはできますか」
サフィラは手帳に目線を落としたまま、ぽつりと尋ねる。クラヴィスはさらに強くサフィラの肩を抱き、「サフィラ」と名前を呼んだ。それには目配せひとつ寄越さず、サフィラはペクタスに懇願した。
「お願いします。僕を、そこへ連れていってください」
「でも、あそこは、神子と地主しか入れない場所で」
するりとクラヴィスの腕から、サフィラの身体が抜ける。彼は細い腕を優しくペクタスへと伸ばし、両手でその頬を覆った。
「あなたを助けられる手がかりが、きっとそこにあると思うんです」
そして微笑みかけ、「だから、連れていって」と少し湿った声でねだる。ペクタスはぽうっと、その顔を見上げた。その唇が音を紡ぐよりはやく、クラヴィスは無理矢理サフィラをその腕の中へと戻す。
「サフィラ。ダメだ」
「なにが、なんでダメなんだ」
ほら言えよ、と暴れるサフィラはすっかりいつも通りだ。先ほどまでの妖しさなんてかけらもない。クラヴィスは「こら」と、少しほっとしたように窘めている。
ペクタスはしばらく俯いていたが、こくん、とひとりちいさく頷いた。
「いいですよ。案内します」
言い争っていたクラヴィスとサフィラは、ぴたりと動きを止めた。先にクラヴィスが「いいのか」と尋ねると、こくりとペクタスは頷く。
「俺、どうせこのまま逃げ回ったって、どっかで捕まります。他の島に逃げても、多分さらわれて終わりです」
だったら、と自嘲気味に言う。
「禁止されてることでも、なんでも使って、勝ち目のある方に賭けたい。案内できます」
サフィラはクラヴィスの腕から抜けて、ペクタスに寄り添った。クラヴィスは、その様子を複雑な顔で眺めている。
「行きましょう。きっと、その先に道があるはずです」
ペクタスは口元を引き締めた。迷いを振り払うように顎を引き、二人を見つめる。
「二人とも、泳げますか」
「俺は大丈夫だ」
「僕は久しぶりだけど、たぶん大丈夫」
二人の返事に、ペクタスは頷いた。
「それじゃあ、道案内します。俺についてきてください」
ペクタスがそう言って、部屋から出る。階段を降りて、外へ出ようとしたときだ。
「なあ、ペクタスはいないか。あいつ、お勤めから逃げたんだ」
大きな声でがなり立てる男たちがいた。それに、勝気な女の声が言い返す。
「なんだい、あの子だけそんなに咎めて。お勤めがなにさ、これまでだって不真面目な神子はいただろう」
「いや、許されることではない。ペクタスを出せ」
その物騒な気配に、ペクタスが息をのむ気配がした。サフィラは身体強化の呪文を唱え、ちらりとクラヴィスを見る。彼は頷いた。
「行こう」
サフィラは踵を返し、つかつかと元の部屋へと戻る。
「え、どこへ」
戸惑うペクタスの身体を、クラヴィスが持ち上げる。悲鳴を上げかけたその口を、彼の大きな掌が塞いだ。
サフィラはためらいなく窓を開け放つ。太陽は沈みかけていて、外は薄暗い。
一呼吸置いて、彼は身軽に隣の民家の上へと飛び移った。
「舌を噛まないように」
クラヴィスはそっと忠告して、サフィラの後を追って外へと飛び出した。サフィラは先に屋上から街を見下ろし、追っ手のいない経路を探っている。空中浮遊なしでも動けるくらいには、サフィラも屋外での活動に慣れていた。曲がりなりにも、発掘現場で働く作業員である。
(力がないから、身体強化は使わないと厳しいんだけど)
「ペクタス。どこへ行けばいい」
クラヴィスはサフィラに追いつきつつ、彼に尋ねた。クラヴィスの逞しい腕に持ち上げられながら、ペクタスはやけっぱちになって言った。
「西にある塔を目指してください。そこからは、また案内します!」
「だ、そうだ」
「うん」
サフィラはとん、と白塗りの壁を蹴った。その身体は軽々と家々を飛び移り、半ば茫然としたペクタスを抱えてクラヴィスも走る。
「あいつ、意外と動けるだろう」
「え、いや、意外っていうか」
口ごもるペクタスに、クラヴィスは薄く笑った。呆れと好意と憧れの混じった、苦い笑みだった。
「サフィラはあれで破天荒だからな。悪いが、付き合ってもらう」
そう言うクラヴィスに何かを感じ取ったのか、ペクタスは口をつぐんだ。やがて、同じく屋根の上に人々がよじのぼってくる。彼らは口々にペクタスを呼びながらこちらへ向かってきた。
「追っ手かな」
サフィラは杖を取り出し、空を横一文字に切った。
「天空の神々、風の精霊たちよ。ウォルプタース家のサフィラが
途端に風が吹き、追っ手が一瞬怯む。しかしそれだけだ。サフィラが得意とするのは海や水に関わる魔法であり、陸地でははっきり言って、役に立たない。
「ごめんクラヴィス、なんとかして!」
叫ぶサフィラに、クラヴィスは笑った。心底嬉しそうに、仕方ないなと言わんばかりに。
「走るぞ、サフィラ。もっと目くらましを頼む」
サフィラが呪文を唱えると同時に、局所的に霧が立ち込める。クラヴィスはその中心にいるサフィラもさらって、強く走り出した。
「一気に駆け抜ける。あの塔に着いたらどうするんだ?」
「海に入ってください」
ペクタスが、必死にしがみつきながら言う。
「その塔の真下に、洞窟の入り口があります」
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