第26話
――そこまではある意味順調とも言えた。
だが、メルゾを疎んじるようになってから、なぜか若くてたくましかったマッソンの見た目も財力もすぐに衰えた。
以降、右肩下がりの人生を送っている。
結婚前、あんなに自分のことをほめちぎっていたポーラが冷たくなって久しい。
ついに数年前からは、ベッドも部屋も別々になってしまっている。
今になって思い返せば、メルゾは宝石も貴金属も欲しがったことはなかった。ドレスも新調したほうがいいと、マッソンから提案したくらいだった。
そして、ココも母親に似てわがままな素振りは一切見せなかった。ステイシーと違って。
(――そうだ、ココ……)
実の娘である、ココ・シュードルフのことが、頭から離れない。
ステイシーの婚約パーティーに現れた時、マッソンは肝が冷えた。
生まれた時から異常なほど美しい娘だったが、それでもメルゾには及ばないと思っていた。しかし、骨董遺物の力から解放されたあの姿。
あれほどまでに美しく成長するとは、まったく想像していなかった。
ステイシーもポーラに似て美しいが、ココの隣に並べば、大輪の薔薇の花と雑草ほどの差がある。
それにココは聖公爵家の教養をメルゾから叩きこまれているため、立ち居振る舞いや品格が同じ女性として別次元で違う。
(もともと、シュードルフ一族はそろいもそろって美形だが……)
シュードルフがいにしえの一族であると知っていたが、マッソンはそれを重要視したことは一度もない。
王族に次ぐ古い家柄だが、『聖公爵』はただの称号くらいにとらえていた。そもそも、骨董遺物に関しても、ただの昔話や迷信だと思っていたくらいだ。
だが、ココが目の前で『美貌』を取り戻し、ステイシーが老いた今となっては、信じないということはできない。
思い出すだけで、背筋が凍り付くような恐ろしさを覚える。
ココの美貌は一夜にして社交界に広まってしまった。シュードルフ一族という畏怖の念とともに。
そして今や、彼女を追いやった自分たちや婚約を委棄したフレイソン公爵家のニールは、人々の醜聞の的となり悪口を言われ続けている。
それだけではなく、あからさまに毛嫌いされている状態になりつつあった。
(どうしたものか)
一歩前進すれば、また三歩後退するような状況だ。
良いことばかりが続かず、その間に悪いこともどんどん押し寄せてきている。
(ココを追いやったのが、この一連の悪い波が訪れたきっかけにちがいない。メルゾを避けてから、俺の運が下がったのと同じだ)
自分たちが貴族登録されていなかった事実に、ステイシーの変貌。それによって、公爵家との縁談も宙に浮き、さらには生活費もままならない。
「ココ・シュードルフは疫病神だ。くそ、家長であることを黙っていやがったとはな、あの小娘」
ココが余計なことをしたから、ステイシーが正式なシュードルフの家長となってしまった。
義娘からサインをもらって貴族として登録しなくては、マッソンもポーラもただの一般市民でしかない。
ステイシーがこのままでは、せっかくこぎつけた公爵家との婚約も解消されかねない。八方ふさがりの状況に、めまいまでしてきた。
まだ寝ているポーラを起こそうとして、マッソンは手を止めた。彼女が嫌がっていることもあり、手続きがずっと滞っている。
もう十分贅沢をし尽くしたのだし、見た目が老いることくらい受け入れてもらいたいものだ。
そうすればステイシーが元通りになり、彼女はニールと結婚できる。結納金と土地をたっぷりもらえる予定なのだ。
それが叶えば、ポーラはもうどうでもいい。我儘じゃない美しい妾を新しく囲って、別荘でゆっくりできる。
「今、俺にとって一番邪魔なのはお前だ、ポーラ」
かつて、自分の地位をひけらかすためにも、マッソンにとってポーラは非常に重要だった。
しかし今や彼女は重荷であり、使い道がない。どうにかして、彼女にイヤリングを付けてもらわなくてはならない。
マッソンは最善を考えているが、どれもこれも上手くいきそうもない。
ため息とともにベッドから立ち上がると、マッソンは使用人のいない屋敷で寂しく身支度を始めた。
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