第20話

 「あんな……化け物になってしまうものをつけなくてはならないなんて……」


 欲の強いポーラが、かたくなに貴族の地位を拒むのは、そういう理由だ。

 彼女は精神的に追い詰められている様子だった。


「みんな娘ばかりを心配して、誰一人としてあたくしのことを気の毒に思ってくれる人はいないんですの」


 ノアは心配そうな顔をして彼女を覗き込んだ。


「間近であの変貌を見たあとでは、イヤリングを身に着けたいと思わないのが普通です。夫人の気持ちは、よくわかります」


「伯爵様だけですわ、そのように優しくしてくださるのは」


「お可哀そうに」


 ポーラはよほどつらかったのか、さめざめと泣き始めてしまう。


「どうか、あのイヤリングから逃れる方法はありませんか?」


 このままでは、ポーラは確実にあのイヤリングをつけることになる。


 美人で自尊心の高い彼女からすれば、それは死ぬよりもつらいことだろう。


 ノアは考えるそぶりを見せたあと、ひらめいたと口を開く。


「シュードルフ男爵と今すぐに子を成せばいいのです。それまで、ステイシー嬢には待ってもらって――」


 最後までノアが言い終わらないうちに、ポーラは首を横に思い切り振る。


「夫とは、もう何年も……」


「子どもを授からなければ、イヤリングの責務から逃れるのは難しいのではないでしょうか?」


「ですが、彼も、出会った時と変わりすぎておりますし」


 なるほど、とノアはうなずく。


 もちろん、年を重ねたという意味の『変わりすぎている』もあるが、それ以上に立場が違うのだ。


 マッソンは商人の出身でありながらも、幸運にも貴族と結婚し、おまけに聖公爵にまでなった。


 とんでもない強運の彼を羨ましく思う人は多く、ポーラもその一人である。


 彼の全盛期ともいえる当時を知っているからこそ、いまやなんの地位ももたず、だらしのない体形になった夫をポーラは幻滅してしまっている。


 かといって、別れることもできない。


 娘をあのままにしておけないのではなく、ポーラ自身にあてがないのだ。


 マッソンの近くにいるほうが、多少なりとも生活の安定は見込める。学もなく、貴族になってからは身の丈に合わない豪遊をしていた彼女は、再度働くにしてもまともに雇ってくれる人は少ない。


 それに、彼女の悪名が広がっていることもあり、一人で生きていくには首都を離れる必要がある。


「夫人の気持ちはお察ししますが、言い訳としては説得力に欠けますね」


「そんな……では、ココを戻してもらうことはできませんか?」


「あのイヤリングは一度外すと同じ人間には装着できないので、戻したところで無駄になりますよ」


 実は、同一人物に再装着は可能である。


 しかし、イヤリングが欲しがるような美貌があればの話だが。


 切羽詰まりすぎたポーラは、血走った目でノアをぎろりと見上げてくる。


「夫は不能なんです!」


 ついにポーラはおかしな嘘までつき始めて逃げようとし始めた。なんとしても、マッソンと一夜を共にすることは避けたいらしい。


「それにあたくしも、昔ほど情熱を持てなくて」


 またもや泣き始めようとする姿に、ノアは冷めきった内心を悟られないように精いっぱいの作り笑顔になる。


「でしたら、情熱的になれるお相手とならばいいということですね?」

「え、ええと……まあそうとも言えますが」


 ポーラは怪訝な顔をしたが、ノアに見つめられると頬を紅潮させながらしどろもどろする。

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