第13話

 ――翌日。


 フレイソン公爵家に『シュードルフの秘宝』の詳細がわかったと報せを飛ばすと、すぐに出向いてほしいと迎えの馬車が来た。


「ノア。グズグズしていないで支度をして」


「うーん、別にもうこのまま放っておいてもいいような気がするし、正直なところ面倒くさくって」


 ココは髪をとかしていた櫛を机に戻す。


 向かいのソファに座り、文字通り穴が開くほどじっと見つめてくるノアをココは睨む。


「私の顔は、これから先ずっと死ぬまで眺めていられるんだから。早くノアの復讐にも取り掛かりたいし」


「ココが側に居てくれるなら、もうそれでもいい……って、いたたたた」


 ノアをソファから引っ張って立たせたのは、ランフォート城の壁を自由自在にすり抜ける家令スチュワードだ。


 始終無言の彼は、玄関脇に掛けてある絵画の中に描かれている人物でもある。


 ココは彼に無口シュヴァイゲンと名付けている。


無口シュヴァイゲン。あなたけっこう心臓に悪いわね」


 神出鬼没すぎる彼にはいまだ慣れておらず、ココは眉根を寄せる。無口シュヴァイゲンは申し訳なさそうに頭を下げたが、言葉を発せないのだから仕方ない。


 彼は少々俯いた姿で絵画に描かれているため、もともと口がないのがしゃべれない原因だ。


「シュヴァイゲン、そのヘンタイをサクッと着替えさて」


「変態って、そんな言いかた」


「早く着替えなさい、丸見えよ」


 ノアはあっという間に服を脱がされ全裸にされている。


 半透明の家令によって、上等な衣服に着替えさせられているノアを横目に、ココは優雅に紅茶のカップを手に取った。


「身支度が終わったわね。じゃあ、今日のノアの仕事は?」


「『シュードルフの秘宝は、対価びぼうを吸い取る代わりに、王家に降り注ぐ災厄をはねのけている』という調べの裏が取れた、と伝えること」


 ランフォート城にあった古臭い紙に、シュードルフの秘宝のことが書かれているように細工をしたものをノアは取り出す。


「百点ね」


「それから、先日地下から取ってきた『鏡のレディ』をステイシーに渡すこと」


「三百点! さすがノア!」


 褒められてすっかり機嫌が良くなったノアは、ココの隣に座って彼女の髪の毛をひとふさ取ると、愛おしそうに口づけした。


 相変わらず、ココへの愛情は深くて直球だ。


「しっかり、あちらの味方のふりをしてきてね」


「ココの命令だもの、もちろんだよ」


「ひねり殺してはダメよ」


「……努力する……」


 そこだけは心配だ。

 なにしろノアは、ココを異常に愛している。


 ココにひどい仕打ちをしていた現シュードルフ一族を、ハエでも潰すように殺しかねない。


「誰か殺したら、もうノアとは口きかないからね」


 不満なのか、ノアは口をとがらせる。ココは人差し指と中指を自分の唇に当てたあと、その指先でノアの唇に触れた。


 みるみるノアの頬が赤くなり、目が見開かれる。


「行ってらっしゃい。帰りを待っているわ」


「……行ってくる」


 ココはノアが馬車に乗り込んで出かけていくのを、見えなくなるまでずっと上機嫌で見送った。

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