第3話夏(後編)
春は夏休みに入ってからだらけきった生活を楽しんでいた。
宿題の存在を頭の隅に追いやり、昼はリビングの大きな窓で日向ぼっこ、他は基本ベットで惰眠を貪っていた。
春が隣を見るとそこには浴衣姿の菫がいた。
菫の顔は赤く照れているような笑みを浮かべ、一方春は自身の身体がなぜか震えていることに気づいた。
「!?夢かよ。ここ最近日向ぼっこしてる夢ばっかだったのに。」
春が目覚めたのは昼を少し過ぎたぐらいだった。
つんざくような蝉の声に嫌気が差しながらも昼食の時間だが朝食をとりにリビングへ向かう。
「母さん今日も素麺な…の…?」
春は驚愕した面持ちで、油の刺していない機械のように回れ右をしたところで肩を掴まれた。
「春くん?どうして私の顔を見るなり二度寝しようと思ったのかな?」
浴衣を着た菫だった。
「す、菫先輩こそどうしてここに?まだ親に紹介してないはずなんですけど。」
「春ーこんなにかわいい彼女さんいるんなら、もっと早く紹介しなさいよ!」
「いやぁ、てかまだ付き合ってな…」
春は菫の微笑の圧に気押され、口を噤んだ。
「どうせダラダラ過ごしてると思って、今日の夏祭り誘いに来たのよ。」
「なるほど。」
「だから素麺食べて、早く準備してよね。」
春は素麺を素早く完食すると急いで準備を始めた。
「全く来るなら先に言っといてくださいよ。」
「あなた絶対逃げるでしょ?だから起きる前にお邪魔させてもらったのよ。手土産喜んでもらえてよかったわ。」
春は何も言い返せず、二人は夕暮れの中祭りへと向かった。
春と菫は祭りを楽しんだ、屋台一つ一つ回る度に菫の表情はコロコロと変わり、春は菫の表情を見て、その横顔に焦がれた。
祭りはフィナーレに近づくと菫は花火が見えやすい所があると言い、春を引っ張り、土手へ向かった。
花火が始まると、久々に見る生の花火に春は心躍らせ見入っていた。
そんな春の横顔を菫は花火と一緒に楽しんでいた。
「ねぇ、今日どんな夢を見たの?」
「菫先輩と花火を見る夢ですよ。」
「そう、正夢になったわね。」
「まさか起きたら菫先輩が家に居るとは思いませんでしたけど。」
「そう、びっくりさせれてよかったわ。」
二人は並んで花火を楽しんでいた。
『菫先輩と手を繋いてみたい…』
そう思った瞬間花火の音は次第に聞こえなくなり、花火を見ている菫の手に春の意識が向かっていた。
春の思考は答えのない不安に掻き回されていた。
手を繋ごうと意識を持っていっても、春の身体は動かず、緊張で震えており、目眩かと錯覚するほどだった。
春は緊張を押し留めながら、覚悟を決め菫の手をまるでガラス細工に触れるかのように優しく包み込んだ。
菫は何も言わず春の勇気を賞賛するかのように、そっと握り返した。
それだけで春の何かが変わった。
花火はより一層咲き狂うが音は静寂に包まれ、菫を横目で見ると花火を反射したかのように華やかな笑顔で春は心の臓を握り締められたと錯覚した。
「春くん…私貴方のことが…」
春は最後まで聞き取れなかった、いつの間にか花火の音が戻り、祝福のファンファーレを奏でていたからだ。
しかし最後まで聞かずとも春は菫の表情で何を言ったのか理解した。
春は帰り道でも特に聞かなかった、しかし二人は手を繋いだまま帰路についた。
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