沼津平成とその家族の小説アンソロジー

沼津平成

第1話 誰かが見てくれている――サンタク ロース・作

 誰かが見ていてくれる




                                          サンタク ロース




『絶対にこのプロジェクトはウチで獲るぞ!』

 会議室にリーダーの大きな声が響いた。

 ここは新宿にある危多完闘建設の会議室。

 この春に大学を卒業したテツが30社も入社試験を受けてやっと入った建設会社。

 できてまだ新しい会社で、会社のみんなが必死になって新しい仕事を追いかけていた。


 テツはといえば、29社の就職面接に落ちたあとに、もうどこでもいいやとヤケに

 なっていたところに内定通知がきた会社だったので、入社したあともなんとなく仕事

 に一生懸命に打ち込めない自分を感じていた。

 絶対なんて無理に決まってんじゃん……

 テツは心の中で繰り返しつぶやきながら、早く会議が終わればいいのにと思っていた。


『じゃあ、このプロジェクトを獲るためのアイデアを全員が明日までに考えるように。』

 リーダーが会議の最後に言った。

 え……?

 テツは耳を疑った。

 まだ入社3か月目の自分にもアイデアを考えて来いだって……?

 いきなりテツの苦悩が始まった。


 翌朝も朝一番から会議が始まった。

『で、どうだ?アイデアを発表してもらおうか。』

 リーダーの声に、全員の顔が曇った。

『よし、まずはサブリーダーが見本を示してくれ。』

 サブリーダーはゆっくり立ち上がると、

『プロジェクト発注者の青山社長をとにかく接待しましょう。美味しいお店を探して、社長の好きなお酒も調べて……』

 と話し始めた。

『もういい。次は隣の岸くん、頼む。』

 リーダーが冷たく言い放ってサブリーダーは発言を止めた。

 やばい……最初から厳しい会議の雰囲気だ——

 テツはさらに気持ちが沈んでいくのを感じていた。


『じゃあ最後に、一番若手のテツくん、アイデアを発表してくれ。』

 リーダーに言われてテツは立ち上がって発表しようとしたが、先に発表していた先輩社員たちがリーダーからボコボコにダメ出しされているのを見させられてすっかり緊張をしてしまって、何も言えずに立ちすくんでしまった。

『お前、どうした?もしかして何も考えてこなかったのか?』

 下をむいたまま何も言えないままのテツに先輩社員たちも冷たい視線を送った。


 会議が終わったあと、いつもは会社メンバーと行くランチも断ってテツは早退した。


 帰宅したあと、テツは机の上のパソコンを立ちあげた。

 <プロジェクトの獲得のために>

 画面には今朝まで徹夜で考えていたアイデアのパワーポイント資料が映し出された。

 そう、テツは新人ながら一生懸命に考えて資料もまとめていたのだ。

 ところが徹夜のせいで疲れてしまって今朝は資料をプリントしたり会社にメールで送る

 ことも忘れて家を出てしまっていた。

 テツはそんな自分に悔いながらも、もう一度資料を見直した。

 あ、ここは会議であの先輩が言っていたことを付け加えるともっと良いかも・・・

 テツはどんどん資料を磨いていった。

 一通り作業を終えると、すっかり真夜中になっていた。


 おなか空いたな……。

 テツは外に出た。

 向かったのは近所の中華の光陽楼。

 よく行く美容室の横にあって深夜まで営業しているお気に入りのお店だった。

『ガーリックチャーハンの大盛とエビチリと焼餃子で』

 テツは大好きなメニューを注文して一瞬でたいらげた。


 お店を出ると、ちょっと頭がかゆいなと思った。

 夏なのに会社から帰ってきてすぐパソコンに没頭し、お風呂に入っていなかったのだ。

 お店から帰る途中に銭湯があった。

 これまた大好きな銭湯で、第二亀の湯という。

 第二といっても第一はないのだが、細かいことはわからない不思議な銭湯。


 壁に描かれている富士山を眺めながらテツが湯に浸かっていると、

 隣に普段は見かけないおっさんが入ってきた。

 テツはなぜかその人に話しかけたくなって言った。

『ここって良い湯加減ですよね~』

 おっさんは笑って

『そうですね、実は私は今日初めて来たんですよ。』

 と返してくれた。

 よかった、良い人そうだな……

 テツは誰かと話したかったのかも知れない。

『実は僕、社会人1年目で、いろいろうまくいってなくて……』

 初めて会ったばかりのおっさんに、しかもお風呂で、テツは話し始めていた。

『会社で会議があって、失敗しちゃったんです。悔しくて……』

 テツは今日あった出来事や、実は考えていたアイデアまでおっさんに聞かせていた。

 おっさんは、ただ黙ってにこやかにうなずいて聞いてくれた。


 翌日。

 結局会社の全員でプロジェクト発注者の青山社長を訪ねてプレゼンをすることになった。

 そんなの無理があるだろう……

 テツはもうわけがわからないと感じながら歩いていた。


 青山社長の会社に着くと、大きな会議室に通された。

 こちらは総勢50名。

 話を聞いてくれたのは、青山社長ではなく奥田部長だった。

 先輩社員のプレゼンするアイデアを

『チョキ』や『ブタ』とか。何じゃそりゃ?という評価で結局は却下していった。


 半分くらいの社員のプレゼンが終わったとき、

『もうこれ以上は無駄でしょう。もうそろそろお帰りいただけますか?』

 と奥田部長が言った。

 社員全員の顔がもうダメだと諦め顔になっていくのがテツにも分かった。


 その時だった。

『まぁ待ちたまえ。』

 部屋の奥の扉から声がした。

『最後にそこの一番若そうな社員の話を聞いてみようじゃないか。』

 そう言いながら現れたのは、なんとあのおっさんだった。

 え?

 テツは夢を見ているのかなと顔をつねってみたがしっかり痛みを感じた。

『どうも皆さん、私が社長の青山です。さぁ、発表を。』

 まだ混乱しながらも、テツは立ち上がってとにかく発表を始めた。

 その内容に、リーダーや先輩社員も驚きの表情を浮かべているのがテツには分かった。







『とても良いですね~。このプロジェクトはぜひ君に任せようと思います。』

 青山社長はまっすぐにテツを見て言った。

 テツはその瞬間、危多完闘建設でずっと仕事をしていく決意を固めた。




         ※


 30年後


『これから今年の新入社員の入社式です。社長、ご挨拶をお願いします。』

 日本で最大の建設会社に成長した危多完闘建設の入社式。

『みなさん、ようこそわが社へ。私は社長のテツです。』

 テツは話し始めた。

『みなさんはこれからたくさん悩むでしょう。でも、必ずどこかで誰かが見てくれています。それは時に不思議な縁も結びながらね。だからどうか一生懸命に頑張ってください。』



                        了






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