闇に灯る心の灯

 真っ暗な部屋に一つの光が灯った。手元にある蝋燭の日は徐々に輝きを強めて、やがて僕の周囲を照らしきった。辛いことがあった時、そうすると楽になるんだ。蝋燭のゆらめく火を眺めると、心が温まっていくような心地がした。


 僕は今日も本心を隠して我慢してしまった。プレゼンテーションの授業前に同じグループの仲間に発表について相談をしたが、軽くいなされるだけでまるで相手にしてもらえなかったのだ。「わかってる」と言っていたので僕もネチネチいうことはせずに彼らのことを信じていた。だが、薄々勘付いていた通り、彼らはろくに準備もせずに発表を進めようとしたのだ。もちろん原稿もなければ資料も用意できていないので、発表は泥のようなものになった。


 僕の怒りはだいぶピークに達していたのだが、しっかりと言わなかった自分にも非があると考えて怒気を放つことはなかった。そんな心を変えたのは感想会の時だった。彼らは発表の不徳を全て僕のせいにした。彼らは「アイツがしっかりやってくれると思ってた」とか「いつもやってるから今回もと思ったんだ」とか「言ってくれたらやるし」だとかそんな言葉ばっかりを吐いている。どうにも濾過できない気持ちの濁りが溢れてきて、吐き出してしまいたかった。雑巾の搾り汁を飲んだような顔で僕は「ごめんね」と言った。彼らは僕のそんな様子に気づくはずもなく、そっぽを向いてくだらない話で盛り上がっているようだ。


 腹の中で渦巻く不満と怒りがとぐろを巻いている気がした。その蛇を落ち着かせるべく、今は部屋の隅でじっとしている。思い返すだけで凶暴になる蛇を収めるのは少し骨が折れる。リラックスこそしているものの、ためていた不安が大きいからか普段よりもなかなか落ち着かない。僕は歯を食いしばりぐっと堪えていた。


 ふいに僕の首につけていた貝殻のネックレスが地に落ちた。そのネックレスは少し赤みを帯びていて、落ちた衝撃で貝の内部が顕になる。その内部の鏡面に映る僕はまるで般若だ。自己を見つめたからか、少し呼吸が安定してきた。ゆっくりと息を吐いて、大きく息を吸って精神を落ち着かせていく。


 ブツブツと不満を嘆く姿はさながらお経を読む修行僧のようだ。そんな自分の姿に思わずクスッと笑ってしまう。自分の笑い声が部屋に響いたので、また安心できた。心音が落ち着き、蝋燭の火がばちばちと音を立てているのがわかる。


 そんな折、部屋の戸が開いた。暗い部屋に伸びる光の影は徐々に僕の方へ伸びてきて、やがて光が部屋を充満させる。戸に立つ人影はどこか見覚えのある女性だった。彼女は「またそんなことしてたの」と呆れた感じで口を開いた。それに氷柱のような返答をして僕はまた、一人でいることを望む。


 すると首元に彼女の手が周り力強く、ぐっと部屋の外まで引っ張られた。力の差は歴然で一瞬のうちに光の元へと連れ出されてしまった。いつぶりかの蛍光灯の下で部屋の外の明るさが目に沁みる。


 名前も知らない人に連れ出された“外”は思いの外居心地が良く、ぼんやりとした視界でははっきりとその人を見ることができなかった。その女性は大手を広げて僕を待っているようだ。


 憂鬱な体を勢いよく立ち上げて期待に応える。熱い抱擁は僕の体だけでなく、心すらも温めていき悩みがスッと溶かされていくような気がした。


 「何も一人で抱えようとしないで、困ったことがあったら他人を頼っていいんだよ」と、彼女は透き通るような声で言った。僕の心のつっかえが降りて、肩にかかっていた重圧やらが落ちていく。長い間感じてこなかった感情が溢れてきて、みっともなく泣き崩れてしまった。


 宥める声は慈愛に満ちており、触れ合う手には確かな熱を感じた。


ーー


 それからというもの、僕はその女性とよく関わるようになった。そのうちに彼女は「夢を叶える本屋」の経営者であることがわかった。彼女の店には、人生を変えるような本が並んでいた。僕はその本屋に通うことで、少しずつ自分を取り戻していった。


 彼女の存在は単なる支えにとどまらず、僕の考え方や生き方に大きな影響を与えた。彼女と話すことで、自分が抱えていた不安や悩みが、次第に形を成し解決へと向かっていった。彼女の言葉や助言はいつも僕に前向きな力を与えてくれた。


 最近では多くの時間をその本屋で費やす。この時間は僕にとっての癒しとなり毎回新たな気づきを与えてくれた。多くの本と向き合い、彼女と深い話をすることで、自分の内面を深く掘り下げることができた。彼女は、単に本を売るだけでなく、人の心に寄り添い、その人が自分自身を見つける手助けをしていた。


 ある日、彼女は僕に一冊の本を手渡した。それは自分自身を見つめ直し成長するためのガイドブックだった。彼女はその本に、自分の経験や思いを込めた手書きのメッセージを添えてくれた。


 「この本が、君の新たな一歩を踏み出す助けになればいいな」と、彼女は微笑んだ。その言葉は、僕の心に深く響き、僕はその本を手に、自分の未来をじっくりと考えるようになった。


 「夢を叶える本屋」での時間が、僕にとっての新たなスタートとなり、自分の可能性を信じる力を得ることができた。彼女と過ごす日々は、僕にとってかけがえのないものとなり、僕は少しずつでも前に進む勇気を持つことができたのだ。


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