月と孤独を超えた希望
放課後になり、静まり返った教室に僕は独りで机に突っ伏して泣いていた。窓からは夕焼けが見えて、空には飛行機雲が浮かんでいた。
というのも、僕は自分の成績について大いに悩んでいたのだ。努力すればするほど伸びるものではないし、そもそも努力の仕方にも不安があった。
こうして、泣いている時間が惜しいと思っているが、どうにも涙が止まらない。限界を感じつつもまた机に向き直る。
流した涙が孤独な海を形成し、先ほどまでのケシカスがまるで魚のようだ。
それを見て、いてもたってもいられなくなり、ついに教室を飛び出した。誰もいない廊下や沈んでいく太陽を見てさらに孤独感を感じる。
「あぁこの世界には僕しかいないのかな? 誰か僕を見てくれよ」
吐き出した独り言は夕焼けが一緒に持っていってしまった。しばらくグラウンドで立ちすくんでいるとふと空の月が見えた。
今日は満月の夜で月がよく見えた。月もまた僕と同じく孤独なんだって考えると少し楽になる。
——月は孤独じゃないよ。
え?
後ろからそんな声が聞こえた気がした。振り返ってもただ秋風が落ち葉を散らすだけで、人影は見えない。
そのことに恐怖は感じなかった。おそらくさっきの声に甘さと優しさがあったからだと思う。
まるで僕を慰めるかのような含みのある声は何度も何度も頭の中で反響した。
その日はなかなかに寝付けなかった。月が孤独じゃない? 僕は月がたった独りで広大な夜空を照らす姿を毎晩見てきた。
そんな姿に憧れて僕は孤高に勉強し続けていたのだ。まるで成長していない僕を見透かしたような声に押し殺していた嫌悪感が寄せてくる。
吐き気がしてきて、腹の奥から溜まってきた不満が吐き出される。その形は多種多様で、星のような形だったり、ハート型のようなものもある。色彩も鮮やかで、真っ赤だったり、黄色だったり、黒色だった。
吐瀉物を見てあの言葉の意味に気づけた。
吐瀉物が形成する宇宙には確かにさまざまな惑星があり、月も黄色くなったり赤くなったり、はたまた月食なんかで黒くもなる。
そうみると他のハート型や星たちは月を取り巻くもの。肉眼では見えないかもしれないけど注意深くみると確かに存在するものだ。
あれだけ嫌悪感を与えられた言葉を今度は愛おしく思う。ずっと孤独だと思っていた月には見えない仲間がいて、月本人も不動のものではなく、色を変えて個性強く生きていた。
だからもう敢えて孤独を装う必要はないんだな。家には親がいるし、学校には気にかけてくれる友達もいる。
「明日、学校に行くのが楽しみな君へ」という背表紙の本がふと目にはいった。これは先週末に『夢を叶える本屋』で借りて延滞してしまっている本だった。
もとより読む気はなかったのだが、今の僕自身を形容するような言葉に魅了されて思わずページをめくってしまった。
———学校に行くのが楽しみな君へ
君は今まで孤独に生きていたんだね。でもよく周りを見てほしい、そこには君を気にかけてくれるクラスメイトや先生がいるはずだよ。彼らは君のことが大好きだから、きっと助けになるはずさ。努力はすぐには報われないかもしれない。だが、誰かと悲しみや喜びを共有できるなら耐えられると思うんだ。だからひとつ言葉を送るよ、『君は孤独じゃない』
いつのまにかページを捲る手は止まっていた。ただその本に涙が落ちないように気をつけるばかりだった。
明日が楽しみだ。きっといるはず、僕を見てくれている人が。
もう今日は寝よう。明日は明日の風が吹くんだから。
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