020 旅路

 モダンを旅立ってから数時間後。時は経ち、もうとっくの夕暮れを迎えていた。

降り積もる氷の結晶の数々が空を反射し茜色に煌く。その光景は如何にも神秘的で思わず歩んでいた足を止めてしまう。

 皆もその神秘的な光景につられたのか、私と同時に足を止めていた。


「綺麗だな」

「そうですね。今まで雪は妨げとしか考えていなかったけれど、こうやって見てみると自然の美しさを感じられますね」


 降り続く氷の結晶をそっと捕まえると、結晶が溶け手袋越しにひんやりとした水の冷たさを感じる。

 寒いはずなのに、冷たいはずなのに、何故か結晶を握り締めた手は温もりを感じた。


「……お爺ちゃんに見せてあげたかったな」

「ん?……グレイシャ、今何か言ったか?」

「いいえ。きっと気のせいですよ」


 神秘的な光景を眺め満足した私達は、再び歩み始める。雪の上を歩く度にミシッと音がする。

 だが、そんな平穏な時も束の間、闇はすぐそばに迫っていた。


ズボボッ


 何かが抜ける音と共に、先程まで私の前で黄昏れながら結晶を眺めていたペッロの姿がいつの間にか消えていた。


「……!?ペッロ‼何処だ!?」


 皆もペッロが消えたことに気が付いたのか、直ちに辺りを見回す。

すると、先程までペッロが居た足元の雪から、腕が突き出ていた。

 勿論、見つけたのは私だけではなかった。長年旅をして来た冒険者がそれに気が付かないはずもなく、皆で一斉に腕を引っ張る。

……が、途中まで引き上げれたものの、雪の重さに耐えられず手を放してしまう。


「……ぐっ」

「雪の重さが足されて余計に重いわ。本気を出せば余裕だけれど、ペッロの腕が折れそうだからやめておくわ。まあ、ここはペッロの世話係であるモーノに任せましょう」


 ループスの言う通り私達は一歩後退りをし、モーノ(何故かペッロの世話係に任命されている)に大人しくペッロを任せる。

 そして私達が後退ると同時、一歩前に踏み出したモーノは露骨に怠そうな表情を見せ、詠唱らしきものを唱え始めた。


「天地の重みよ、その膨大な力を我に授けたまえ。〈引力グラビティ〉」


 魔術はソーラの影響で何度か見た事があるけれど、やはり毎度見る度にその迫力を思い知らされる。それにモーノは攻撃特化型の魔法を扱う為、より新鮮に感じるのだ。

 モーノによって易々と引き上げられたペッロは、まるで半殺しされたかのような顔をしていた。恐らく気絶をしているのだろう。その呆気ない顔を見つめ、モーノが呆れ気味な溜息を吐く。

 まあ、ペッロにしてはよく頑張ったと思う。なんせ数十秒程であるけれど、こんなにも分厚い雪に全身を包まれていたという事は、普通に凍え死んでも可笑しくはない事だし。

 

「はぁ。鬱が戻ったと思えば今度は凍結か。もうこの光景は見飽きたぞ」

「まさか皆さん、以前に同じ経験をされていたのですか?」

「まあな。何度かあるさ。その度にモーノが引き上げてくれている」

「それだから〈引力グラビティ〉の詠唱を省略できるようになったんだ。不幸中の幸いみたいなものか」


 冒険者もある意味で忙しいんだろう。特にペッロの案件で。

それなのに何故私の旅に同行してくれたかは未だに謎だ。


「もう夜ですが、寝泊りは何処で行いましょうか?」

「そこら辺の雪でも私は寝れるけれど……。出来れば洞窟が良いわね。レオ、あれをお願いできる?」

「あぁ。勿論だとも」


 ループスが咄嗟にレオにお願いした”あれ”というものは何だろうか。

見た感じモーノも知っているようだし、大人しく”あれ”というものを待つか。


「〈透視フラスコピー〉」


 すると待ちに待った”あれ”らしきものがレオの口から発せられた。だがレオ自身は一歩も動かない。

 この構図に見覚えがあると思えば、前に木材を探す為にソーラが探索をしていた。ソーラの場合は言葉自体を発していなかったから、多分それと似た魔術なのだろう。

 そういえば、都市の木材採集は捗っているだろうか。

溶解炉を建設して以来、一度をも訪れた事がなかったからすっかり忘れていたけれど、未だに建物は初期のボロいままだから、この旅が終わった後は一度出向いて再築して貰おう。

 ついでに今後の治安を考えて、住民から取り寄せられるレターボックスみたいなものを作ってみてもいいかもしれない。そうすれば職場の不満や改善してほしいところなどを気軽に解決できるし。

 建築担当のクルーには負担がかかるかもしれないけれど、都市発展の為にも少し辛抱してほしいところだ。

 今後のモダンについて考えていたら、とっくにレオの探索が終わったようだった。


「ここから七百メートル離れた地点に良さげな洞窟がある。そこで今夜は寝泊りをしよう」

「えぇ。そうしましょう。にしてもその魔術は便利ね。私にも教えて貰いたいくらいだわ」

「それなら、そこのモーノに聞いてくれ。俺は魔術を教えられるほど器用じゃないんでな」


 深々と被った茶色のニット帽を傾け、レオを見つめるモーノ。

この前には〈獣の赤き眼ビーストレッドアイ〉を教わっていたけれど、この〈透視フラスコピー〉とやらもモーノに教わったのか。

 モーノがそれほどの実力者なのであれば、今度私も魔術を教わってみようかな。建築魔法とかは都市発展で役に立ちそうだし、それに防御魔法も覚えておきたいから……。

 そんなことを考えながら、私達は今夜の寝床である洞窟を目指した。









 





 




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る