終章 四

 村の娘たちは外部から生贄として欲されたとき、彼らの希望にのっとった娘を差し出す。幼い娘、年端の娘、隻眼の娘、色素異常を持つ娘。地方や祭りあげている神によって好みが変わる。様々な娘が村で生きていたが、選考に漏れる娘がいなかったわけでもない。

 逢子の母はまさしくそれだった。薹が立ちすぎた母は生贄として求められることはもうないだろうと判断されて、娘を出産し、逢子や妹たちを授かった。


 つまるところ、この体質を持ちながらも男を受け入れる方法というのは存在するのだ。


「生贄として求められずに大人になれば、村の年長者から教えられるみたいだった。でも私は大戦がなければ今ごろどこかの神様に嫁入りしていたみたいだから、ごめんなさい、分からないの」

「じゃあおれが教えてやろう。今度こそ喜びのあまりにこらえきれなかった涙を俺の親友に拝ませてやれよ」

「知っているの?」


 なぜ、外部の人間が知っているのか。それも男である美静が、どこで知り得た。逢子だって、一季のために何かしら方法はないかと探した。涼風や楼主の助力を得て、様々な文献を漁ったが、たどりついたのは不妊治療の方法くらいだった。

 鼻の先に顔がある魁人と目が合う。微笑まれた。先に教えられていたようだ。


「生贄にされるため、お前の村から出た女は無数にいたな。だがある女は逃げ出したんだ。逃走した先で、助けてくれた男がいた。しかしその女も御加護があったからな」


 美静の生々しい表現を歪曲すれば、その女も男を受け入れることはできなかった。助けてくれたお礼をなんでもすると彼女は申し出たが、男の提案だけは受け入れられなかった。やはり犠牲の村から出た女、美しかった。男は女をなんとしても妻にしたかった。戸籍上の書き換えは容易だったが、彼女は行為だけは拒んだ。彼女も、命の恩人を殺すことはできないと抵抗した。


「女は生きた犬か馬でも連れて来いと頼んだんだ。交わった時どうなるか、無理にでもあんたが自分をそうしたときの末路がこれだと見せてやったんだな」


 果たして、夫は野良犬でも連れてくるかと女は思っていたが、想定外の雄を連れてきた。夫は金で買った浮浪者を連れてきたのだった。女も人を殺すには抵抗があると夫にすがったが、彼は聞き入れなかった。女はやむなく、夫の目の前で浮浪者と行為に至り、御加護の威力を見せつけた。


「さてどうするか。女と、まあようはヤりたい男は考えたわけだ。こんな若くてえらい美人を嫁にして、抱けないなんてのはいい拷問だ」


 どうすればいいだろうか、何か方法はないか。御加護を受けない人間はいないものか。夫は金で雇った男たちを次々と妻にあてがった。機械人形が人々に雇用されはじめた時代、仕事を奪われてしまった人間は行き場を失くしていた。夫が出す大金に目がくらみ、提案される内容と女の美貌で、男たちの思考力はこっぱみじんとなっていた。体も散り散りになった男たちの残骸を、夫は勤め先の機械人形開発局で作成した掃除用機械人形に集めさせながら考えていた。

 開発局勤めの夫は妻の被害者を探している最中、開発局に訪れた男を見つけた。仕事の怪我で欠損した四肢を代替四肢で補っていた男は、メンテナンスにやってきたのだった。


 夫は気づいた。機械人形の宣伝文句は、決して死なない。この男の欠損した代わりに機械で補っている腕は、メンテナンスさえ続ければ、ものすごく大げさな言い方をすれば男が死んでも腕は死なないのだ。

 これならいける。

 腕を欠損した男も雇い止めにあっていたので、夫の甘言にたやすく乗った。

 腕を欠損した男は、結局のところ死んでしまった。だが彼は、自身の妙案に確信していた。元来研究者気質だった夫は、研究の思考と手を決してとめなかった。時世は四肢も内臓も代替医療によって取り戻すことが可能になりつつあった時代だった。開発局には救いを求める手が尽きなかった。今よりもまだ少し代替医療が高額だった、人形大戦よりも少し前の時代、それでも助けを求める声はやまなかった。

 どうか、助けてください。彼らの願いを叶えてあげようと、夫は救いの手を伸ばした。四肢の無償提供を行おう、代わりに実験に参加してくれないか。彼らは二つ返事だった。


「最高だろうよ。無料で手足が手に入る。しかも美人しか生まれない村から出てきた、極上の美貌を誇る人妻とセックスさせてもらえる。それも夫のお墨付きで、そいつの目の前で。高給取りの高学歴の男の妻を目の前で犯せる。背徳感が背中を押してくれただろうさ」


 背中を押された彼らの行く先は知れないが、命ははかなく消え去ったことだろう。彼らの命と決断が無駄扱いされないのは、夫の研究データの中だけだった。

 あるとき、死なない男が出た。骨肉腫を患った男は、自分の骨の細胞を培養させる再生治療を拒んだ。骨肉腫の種となる遺伝子が入っている己の遺伝子を再利用したって、病気の再発が決してないとは言い切れない。失った骨を代わりの金属に置き換えることで生活を営んでいた男だった。別な男は、全身火傷で失った皮膚を、燃えにくい人工皮膚に貼り直していた。またある男は心臓と太い血管を生体電流で動かすペースメーカーで生き永らえていた。体のパーツの半分以上を機械に置き換えている者は、どうやら死なないらしいと結論づけられた。


 待てよ、ならば機械人形が相手ならどうだ。命を持たない機械ならば、決して死なないはずだ。そう考えた夫は専用の機械人形を造りだした。自分の代用となって妻に子どもを宿す、機械人形の陰茎には自身の精液を装填させた。案の定、機械人形は壊れることもなければ死ぬこともなかった。機械人形との性行為で女は夫の子どもを身ごもり、出産した。

 その後の女は純潔を失ったためか、呪詛や幽鬼が魅力的とみなさなくなったらしい。体に傷を負うことはなくなった。純潔を失った体を守る意味はないのか、御加護も消えていた。夫が妻を抱いても死ぬことはなかった。


「つまるところ、お前はなんらかの方法で精液を体内に注いで妊娠し出産すれば、純潔を失い御加護もなくせる。呪われ屋は廃業だがな」

「その女性って、そのあとどうなったか知ってる?」


 自分以外にもあの村の生き残りがいるなんて、同郷のよしみだ。会ってみたい。


「知らない男とヤらされ続けた日々で精神がボロボロだった女は、子どもを産んでからも、男が絶対的な身の安全を確認できるまで浮浪者をあてがわれた。そのうちどこの骨とも知らん男のガキを身ごもったが、わが子じゃないってんで強制的に堕胎させられちゃ、まあ、自分からすすんで神様のところに行きたくもなるだろうさ」

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