四章 八
お預けを食らった臀部が跳ねた。涼風の指は、逢子の太ももをなでまわしていた。
「綺麗な脚ね、逢子。あなたって本当に綺麗よ」
大勢の美人女性のデータを解析して作られた涼風のほうがもっと綺麗だ、逢子は思う。
人によって造られた美しさと、自然が作り出した美しさは比べるまでもないのだ。そう語ったのは一季だった。自分が開発した機械人形の精巧な造りに、彼は満足していなかった。どうしても避けられない人為的な香りを、彼は気に入っていなかった。涼風は、たしかに美しい。だがそこまでだ。男として彼女に欲情するかと考えたら、部屋にまく性フェロモンの働きや、間接照明の雰囲気がなければ気が乗らない。機械人形と知っているからではないかと訊ねたが、彼は首を振った。
「人だって、ようは人と人とのあいだに産まれるから、ある意味人為的ではあるんだ。だが同じなのに、一人の男の我で造られた者よりも、二人の男女の無意識から作られた者が美しいのは、いったいなぜなんだろう」
一個人の好みを反映するよりも、二人の遺伝を受け継いだ子どものほうがいい。それは親となった人間が抱く、ごく自然な感情だろう。けれど人は、なぜか自らが生みだした機械人形には抱けないのだと彼は悩んでいた。
話半分に聞いていた逢子は、なんて返せば一季が満足してくれるか考えた。意思や思想は雑多に混じった、まだ夢見る子どもだったころだ。大人に移り変わるころの微妙な年齢のときだった。精一杯でも、浅はかな知識しか持ち合わせいないころだった。
「人には人のいいところがありますし、機械人形にも機械人形のいいところがありますよ。両方のいいとこどりが出来たらいいなとは思いますけど、でもそんな存在が生まれたら、ちょっと怖いですね。完ぺきって、怖い」
逢子が考え抜いて口にした言葉を、一季は苦笑して、返事はくれなかった。がんばって考えた逢子を褒めるように頭をなでておしまいだった。
「ああ、逢子。あなた今なら、どんな男性の子どもでも孕めそうね」
不可能なことを言う。この体を汚そう者を待ち構えるのは、逢子ではない。御加護がもたらす死によって、自分を愛そうとした男が向かう先は決まっている。
「あなたの恋しい魁人さんの子だって、きっと宿せるわ」
中から引き抜かれた、濡れてあたたかな指先が逢子の腹を押した。外部から与えられる刺激にも、逢子の女は反応を示す。きゅっとうずき、とろみを放出する。
あの人の子……魁人さんと、自分の子ども。自分が抱くわが子に笑みをかけてくれる彼を思い浮かべて、逢子は目尻から滴をこぼした。
ああ、私が誰かとの子どもを授かるなんて!
叶えられない、夢物語。この体は、新たな命を生み出す生命の神秘さえ拒否してしまう。
女として、人としてのしあわせを教えてくれた一季とともに過ごした時間の中でも考えた。愛する人との子どもが欲しい。この腕に子を抱いて、乳を吸わせてあげたい。
叶わない。叶えられない。そうと分かっていても、あきらめきれなかった思いが下地となった。一季の、御加護など気にしないという意志の後押しとなった。言い換えれば、現実から目を背けるためのベールとなった。ベールの向こうの真実は、もう思い出したくない。
くやしい。体は正直だ。この体は今、男を受け入れ、逢子を女から母にする用意だってしているのに。
「あなたのここ、とても美しいわ」
いつまでも、涼風は逢子の腹をなでていた。皮膚越しに、逢子の子宮を愛撫しているかのようでもあり――欲しているようでもあった。
機械人形の彼女が何かを欲しがるなんてない。そうとは知っていても、なぜか胸に不安の風が去来した。とても冷たくて、どこから来たのか探そうにも、もう姿を消している。
ざわつく胸中だけが残る。なぜだろう。涼風の唇が落ちてきたところから、不安が増していく。腹、胸、鎖骨、あご、鼻先、ひたい、こめかみ、耳たぶ、それから唇が愛撫の雨にさらされる。逢子は身も心もすっかり濡れそぼっていた。濡らし足りないとばかりに、涼風は続けてくれるが……。
「整ったわね、逢子」
いつものように、涼風も衣服を脱いだ。
二人でひとつなる――逢子はそう思っていた。
「ねえ、逢子」
涼風が、顔をのぞきこんでくる。造られた美。他者の意図的な思想によって、生まれてきた機械人形の彼女。細雪が覆いつくした彼女の肌は白い。名残の雪が隠しきれなかった早咲きの桜が雪下でも咲き続けるように、ほんのりと赤みがかった頬は愛らしい。上気した人間の興奮が頬に咲くように計算されている。開発者たちの技量の結晶がそこかしこに点在する。
真っ白な雪に乗る、赤い赤い唇は……どんな色だろうかと。何を想像するだろうかと。その赤さ。人の唇の赤み、薄い皮膚の向こうに透ける血管。血潮。機械人形の彼女には、あるはずがないもの。
「あなたが魁人さんを愛して、魁人さんとの子どもを望む気持ち――わたしに分からないと思って?」
また、涼風の唇が落ちてくる。
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