確定負けヒロインの轟ちゃんと傍観ヤンキー甘栗くん

鳥の黄門

第1話

俺は最強の不良だった。

地元じゃ俺の名前を聞いて喧嘩を売ろうとするやつはいないし、自分で言うのもなんだがダチ【仲間】に慕われここじゃ俺の天下だった。


何にもない田舎町だがダチ【仲間】と深夜にバイクぶん回して見上げる星は俺を輝かせていた。

俺はこの景色を愛していた。


そうあの日まではー…


「春からお父さんの転勤が決まったの。」


夕飯最中に突然お袋から告げられた一言。


「東京で新しい事業を立ち上げるらしくて、そのリーダーにお父さんが選ばれたみたい。」

「だから慎吾、春からは東京の高校に入学してね。」


俺は食ってた唐揚げを喉に詰まらせた。

水を一気に飲み込む。

「ゲホッッッ!!は?!?東京?!冗談じゃねぇよ!!」

東京なんてテレビでしか見た事ねぇが大したことないのにすました偉そうに日本の中心みたいな面下げたヤツらが歩いてる町だろ?

ダチは?俺の最強はどうなるんだよ?


「そうは言っても…あんたを置いて東京に行くことはできないでしょ。あんた1人ここに残ったってろくなことしないし、あんたの日頃の行いで私の肩身も狭いんだから。もう決まったことだから諦めてちょうだい。」


「これを機に少しはまともになることね。」


こうして俺の最強は終わった…


出発の時…

「慎吾さん!!東京行っても俺らのこと忘れないでくださいよ!!」

ずっと俺を支えてくれたダチ共30人くらいが泣きながら見送ってくれる。

「これ!俺たちが寄せ書きしたTシャツです!!

慎吾さんへ俺らの想い詰めやした!!」


東京行ってもこれを着てれば俺たちダチです!!


そう言ってダチから受け取った。

燃えるような赤いTシャツにはびっしりマジックで文字が綴られていた。

『お前ら…ありがとな!お前らの魂、背負って東京で最強になって帰ってくっからな!!』


慎吾さぁぁぁーーーーん!!!!!


もう振り返ることをやめた背中には、俺の名前を呼ぶダチの声が響いた。


----春


俺のアタマでも幸い入学できた高校。やまびこ学園。

だせえグレーのブレザーに周りのやつらも弱そうなやつしかいねぇ。

喧嘩なんて1度もしたことねぇようなヤツらしかいねぇ。


地方から東京に突然引越しが決まったせいで家計はカツカツだったらしく、俺の制服を買う金がなかった。

そのせいで俺は中学の時からの短ランを着ている。

言うまでもなく入学早々俺は浮いた。


まぁ東京の都会に来たって俺のアイデンティティは崩すつもりはない。



短ラン


腰パン


中はダチが寄せ書きしてくれた赤いTシャツ


そしてガチガチにきめたリーゼント


これが俺!!甘栗慎吾あまぐりしんごだ!!!


東京なんて関係ねぇ!ここでも探せば喧嘩に飢えたヤツらがいるはず!一から俺の最強を築いてやる!!

…と思ってたのは入学する前。


都会のド真ん中だからか俺みたいな格好のヤツは、学校以外の場所でも誰一人いなかった。


「今までも学校なんてつまんなかったけど、本気でつまんねぇな…。」


入学して1ヶ月。

生徒はもちろん教師さえも俺に話かけようとしない。

こんなナリだからわかってはいたことだが、こうも露骨に避けられると毎日気分が悪い。

放課後……

グラウンドの倉庫の裏で1人タバコを吸うのが毎日の習慣になっていた。

部活生徒にも気付かれないで1人でいれるここは、今の俺にとって唯一の居場所になっていた。


「学校…やめてぇな。」

そういいながら俺はズボンのポケットからクシャクシャになった退学届を出した。

ーーーそろそろ潮時かもしれない。

本当に嫌になった時に辞めれるように、毎日退学届をポケットに入れていた。


学校を辞めて中退でも働ける仕事に就いて。

転勤と引越しで家計がカツカツな両親のために金を稼いで親孝行するのも悪くない。

それに案外就職した方が気が合う仲間に会えるかもしれない。


そう思って俺は退学届を出しに行こうとタバコの火を消した。


「みづきは本当に私がいないとダメね!」


甲高い女の声が聞こえた。

思わず足が止まる。

今出たらタバコ吸ったのが匂いでバレる。

いや、バレてもどうせ学校辞めるしいいんだが。

何となく声の主がいなくなってから移動することにした。


「今日も授業中寝ちゃってたから代わりにノートとっておいたわよ!」

「今日もお母さん帰り遅いんでしょ?家で食べてくよね?今日は私が作ったカレーなんだけど…みづき好きだよね?」


グラウンドの倉庫から少し離れたところに自動販売機があるんだが、そこに男女2人が飲み物を買いながら会話をしていた。


女の方はたしか…

入学してすぐクラスの男共が可愛いって騒いでた女。

轟 野乃亜 (とどろき ののあ)か。


俺には可愛いとかそういうのはわかんねぇが、髪はサラサラロングの小顔でその辺のアイドルより可愛いと言われている。成績も優秀で誰にでも優しく面倒見のいい性格で漫画から出てきた正統派美少女と男共が話しているのを横で耳にした。

めちゃくちゃ色んな男から告白されたが全員振ったらしい。

轟 野乃亜の横に常にいる男ー…


たしか幼なじみの城崎しろさき 美月みづき。

女みてぇな名前の男が好きなんだろう。

こいつもいわゆるイケメンというヤツで入学当初女子にキャーキャー言われていたが、いかんせん無気力というか無表情?で告白してきた女はいたらしいが、反応が冷たいとかで影で眺める女子が増えたらしい。


誰とも喋らないせいか俺は人間観察が趣味になり、

段々周りの人間模様がわかるようになっていた。


「ああ、食べてく。野乃亜の作るカレー美味いんだよ。」


「あ…そ、そうかな…。へへ。」

あからさまに轟 野乃亜の頬が赤く染まる。


サラッと褒めたな。こういうのが東京じゃモテるのか。

男はむやみに女を褒めない。背中で女を惚れさせる。

それが俺の地元じゃモテる男って言われてたがな。

(ちなみに俺の地元は何故か男が多く、同世代の女はずっと俯いたような暗い女1人しかいなかったので惚れさせた女はいねぇが、決して、決して俺はモテないというわけではないはずだ。多分。ダチは俺の事格好良い最強の男と毎日褒めてたし?モテないわけではないはず。そうだそのはずだ。うん。)


ーーーというか


こいつら実は付き合ってんのか?

轟 野乃亜の表情があからさまに好き好き状態だし、

城崎 美月の方も満更じゃない表情だ。

距離感がただの幼なじみのそれじゃない。


「2人ともモテるから周りに公開しないでこっそり付き合ってるとかか、青春だねぇ。」


俺は2本目のタバコを口にした。


『ーー誰か倒れたぞ!!!!』


それは自販機の向こう側の男子生徒の声だった。


どうやら女子生徒が貧血なのか、急に倒れたらしい。

ぐったり青白い顔をしている。


どうしよう保健室に運ぶ?

ザワザワしながらも誰も助けようとしない。

これが東京の人間か。行け好かねぇ。


かといって俺みたいなのが急に助けにいっても逆に怖がらせてしまうかもしれねぇ。

そう考えていた時ー…


「ーーあなた、大丈夫?」


轟 野乃亜と城崎 美月が駆け寄る。


「B組の双葉さんよね?立てる?大丈夫?」

轟 野乃亜が女生徒を支える。


なるほどな轟 野乃亜。

困った人がいると助けにいくと。たしかにこの性格の良さはモテるかもしれない。


俺は倉庫裏の隙間からタバコを吸いながら様子を見ていた。


城崎 美月は、ぐったりしている女子生徒の顔を見ると知ってるヤツだったのか、ハッとした表情になる。


「野乃亜、ごめん。俺双葉さんのこと家まで送って帰るから今日飯いらないわ。」


「ーーーーーえ?」


突然城崎 美月が告げると、轟 野乃亜が支えていた女生徒をお姫様抱っこ(というやつだろう)した。


轟 野乃亜は目を大きくして唖然としている。


まてまてまてまて!!城崎 美月!!お前無関心キャラじゃなかったのか?!

今まで女に冷たいとか言われてなかったか??

轟 野乃亜と付き合ってるんじゃないのか?!

いくら目の前で倒れた女がいたとしても自分の女置いて別の女を優先すんのか?!?!

なんで急にその女のこと家まで送るとか言い出すんだよ!?!


「ー…美月。その…双葉さんと知り合いなの?」

精一杯出したか細い声で轟 野乃亜が聞く。


「ああ、図書委員一緒で。たまに図書室で話すんだ。

双葉さん?家どこ?あ、水とか飲む?」


「へ、へー…そうなんだ…。図書委員で…。」

あきらかに轟 野乃亜の表情が曇る。


その双葉とかいう女は、お世辞にも可愛いとは言えない見た目…。

いや、俺にはわかんねぇが。好きな人には好きなのかもしれねぇ。

デケェ眼鏡に小柄な体型。髪には気を使ってんのか肩より少し長い髪の一部を、三つ編み?編み込んでいた。

城崎 美月にお姫様抱っこ(らしい)されながら城崎の胸元のシャツを掴んだ。


「城崎くん…ありがとう…でも、この体勢は。

は、恥ずかしいよ…。目立っちゃうし、スカートが…その…。」

双葉の顔が赤く染まる。


「あ…そうだよな。ごめんな…気づかなくて。

……あの…背中に乗るのでもいいか?」

同じく顔を赤く染めながら城崎が聞いた。


「うん…ありがとう。」


よいしょっと城崎が双葉を背負った。


むにゅっ♡


「ーーーー!!双葉…ごめん胸が…その当たってるから少し力抜けるか?」


「はわわわ!ごめんなさい!城崎くん!!」


ーーー…おんぶしたらおっぱい当たって恥ずかしい〜って漫画でよくある光景は、リアルで見るとキツイもんがあった。


「じゃ、俺らこのまま帰るから。またな野乃亜。」

あきらかにピンク色オーラに包まれているような、

ラブコメモーブをかまして城崎と双葉は校門に向かっていった。


ーーー轟 野乃亜を置きざりにして。


周りの生徒のざわめきが聞こえた。


【城崎くん、野乃亜ちゃんが絶対好きなんだと思ってた〜】

【轟さん不憫すぎるだろー。可哀想俺が貰ってあげたい。】


轟 野乃亜は頭が追いついていないような様子で、呆然と校門に向かった城崎と双葉を見つめていた。


ーーーうるせぇよガヤ共。

おいおいおいおい。まて。この展開は。

あの2人が付き合うという展開なのか?

轟 野乃亜とは付き合ってなかったということか?

城崎と双葉は途中から2人の世界で轟 野乃亜が入る余地など何もなかった。

これから恋がはじまるかもしれない場面を轟 野乃亜は見せられたのか。目の前で。

1番最初に双葉を助けようとしたのに。


俺は轟 野乃亜を不憫に感じ、今どんな気持ちでいるのか気になった。


俺は人を好きになったことはないからわからねぇが、目の前で好きなやつが違うやつと恋が芽生えそうになるのを目の当たりにするのはどんな気持ちなんだろうか。


そう思ってタバコを吸って空を見上げた。

さっきまで明るかった景色は日が沈みかけていた。


「こういうのが青春ってやつなのか。」


ダダダダダダダダダダダダ!!!


人影がこっちに向かってくるのが見えた。


やべぇ!!タバコ吸ってんの見られる!

咄嗟にバレないように俺はタバコを隠した。


ーー影の主は、あの轟 野乃亜本人だった。



「ギャギャギャギョギョギョギョゲェ!!!!」


聞いたことない奇声をあげて轟 野乃亜は俺の目の前で地面にダイブした。

女ってこんなカエルが潰れたみてぇな声あげんのか。

今目の前にいるのは、本当に学園の美少女轟 野乃亜なのか?


どう見ても本人なんだがあまりの普段とのギャップに疑ってしまう。


「なにあれなにあれなにあれなにあれ!!!!!!!吐く吐く吐く吐く吐きそう吐きそうオエオエオエオエ!!!!!!!!!!!!」

「え?目の前で?恋がはじまりました?え?あのチビブスと?え?みづきが?なにあれなにあれ私なんか見えないみたいな?オエエエエエ。

え??こんだけ小さい頃からみづきに尽くしてきたのに?!ぽっと出のブスに取られようとしてる?私??

私の数年間何?!?!?!?!?うぇっっ?!?!

へ?私空気ですかー?あの人たちにとって私は透明人間?へ?あれですか?よくあるエロ漫画で透明人間になってクラスのいじめっ子のギャルにエッチなことしちゃいました〜的な透明人間ですかー?えっちなことしちゃいましょうかー?なんて…へへ…。」


俺には理解できない呪文みたいな言葉を発しながら転げ回ったと思ったら体を起こし、轟 野乃亜はポロポロと涙を流した。


「カレー…頑張って作ったんだけどな…」


こんなに目の前にいるのに轟 野乃亜は俺に気づかない。


「もういい!!こんな展開になるラブコメ世界やだぁぁ!!おっぱい出すぅ!!!おっぱい出してバンしてこの世界何もかも終わらせるぅぅぅ!!!

私なんておっぱいが取り柄のホルスタイン!!

エロ漫画の世界がお似合いなんだぁぁぁううううううう。」

「ぅぅううううぅぅううううあうっっっうぇっっっおほっっおえっっゲホっゴホッゴホッ。」



轟 野乃亜はギャン泣きした。

あまりにも泥臭い泣き方に俺は声をかけることもできず、ただただ轟 野乃亜見ていた。


そして轟 野乃亜は、叫ぶように泣いて。

咳き込みすぎて………。


〈ビタビタビタビタビタビタビタビタビタッッッ!!〉


吐いた。



ーーーちょうど地面に置いていた俺の退学届に。



「おえっおえっうっうっ気持ち悪い…うぅぅ…。」


吐いて少しすっきりしたのかさっきまで地面を見ていた轟 野乃亜が顔を起こすー…

城崎 美月よ双葉より轟 野乃亜の方が具合悪そうだぞ。お前のせいで。


涙と鼻水とゲロまみれでグシャグシャの顔をした轟 野乃亜と目が合った。


俺とは違う、まるくてでっけぇキラキラした目。

泣いて汚ねぇ面してるはずなのに。綺麗に見えた。

俺が好きだった田舎の夜空と同じくらい綺麗に見えた。

東京に来てから初めて、綺麗なもん見た気がした。



「…リーゼント…」



ーこれが俺、甘栗 慎吾と轟 野乃亜の出会いだった



今日出すはずだった退学届はゲロまみれでとても出せるもんじゃなかった。

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