01 初の下山
「暇だ」
ふと、そう呟いてしまった。
いや、今の状況は全く暇ではないのだが、なぜかそう思わず呟いていた。
朝起きて剣の鍛錬をして、昼食を取ったら2時間走る。それが終わると魔術の鍛錬が始まり、そのあとは夕食を食べて寝る。
毎日そんな生活をずっと続けていれば、誰であろうと暇になっていくはずだ。
その上、山の奥の奥なこともあって、誰一人として話す相手はいない。走っている時に絡んでくるのも、大抵魔物だ。
まぁ絡んできてくれるおかげで食糧は手に入るし、助かってはいる。現に、今目の前には数体の魔物が絡んできてくれている。
絡んできてくれるのはいいが、ペットにできるような可愛い魔物なんてのはいるはずもなく、いるのは凶暴で巨体を持つ魔物ばかり。
召喚魔術で召喚できないこともないが、それをやると無機質な可愛さになってしまう。というわけで、仲良くできそうなのは何一つとしていない。
とにかく、そんな生活を1000年近くも続けていれば、退屈して暇で飽きて、大変になる。
あと1000年近くと言ったが、俺は人間だ。いや、普通の人間は1000年も生きるようなことができないのは、流石に理解している。
20歳にならないくらいの頃から体の成長が止まり、ずっとこうして生き続けている。できれば、肉体の全盛期の25歳くらいまでは成長して欲しかったのだが。
そして普通、人というのは置いない人間なんてものを見れば、気味悪がるものだ。
もれなく俺も、40歳を過ぎたあたりから気味悪がられ、結果として暮らしていた村を追い出された。最初の頃は可愛がってくれていたのに、薄情な連中だ。
そんな感じで一人になり、異郷の山の奥の、さらに奥に引きこもって、好きな魔術の鍛錬をすることにした。
ついでに自分の体について調べてみたが、俺の知っている人間の体の構造と、なんら変わりはない。
人に聞けばよかったと思ったが、一度引きこもると、人里まで降りるのがかなり億劫だから降りたくない。
それに、1000年も人と話していなければ、どんな会話をしたらいいか分からなくなる。一応会話はできるんだろうが、話しかけにいくのは多分無理だ。
もっと早く頼るべきだったかもしれないが、失念していたうちに時間が経過してしまっていた。それに、200年くらい生きた頃には考えないことにしていた。
それと、こんな辺鄙な山奥にはほとんど話し相手はいないが、ごく稀に話し相手が絡みにくることがある。
もっとも、こんな場所まで来るのは、犯罪者や山賊みたいな、追われている人間だけだ。
話すよりもまず先に家の中を物色しようとしたり、寝込みを襲ったりしてくる。とにかく、話の通じる相手ではない。
鍛錬のおかげか、魔力量も魔術の精度も上がったおかげで、山賊程度は水に魔術で殺せるようになった。
300年くらい前から始めた剣の方も腕が上がってきて、剣だけだとしても下っ端の山賊100人程度なら勝てる。
殺した後の後片付けは面倒だが、そこら辺は魔術でなんとかすることが多い。
そういえば最近、今までよりはかなり強そうなやつが来た。金髪イケメンの、剣士だったか。
擦り切れたり泥がついたりして少し見た目は汚かったが、服や持っていた剣が見ただけで高価だとわかるものだった。
あれだけ高価そうなものをつけているのであれば、貴族や商人なんかを襲って手に入れたものだろう。
そしてそういうものを持っているということは、金持ちが雇うような腕のいい護衛を殺すくらいには腕がいいってことだ。
一緒にいた他の3人もかなりの手練だったはずだ。装備からして槍使いに、魔術師と僧侶。最初に挨拶もなしに切り掛かってきて、首を刎ねてしまった今となってはもう分からないな。
一応、山賊の長みたいなのだった場合は報復とかが怖いから、二度と近づかないよう警告として、そいつの首を持っていた剣に刺して山の麓あたりに置いてきた。他の3人も同じだ。
「ウッ──!!」
色々と考え事をしながら目の前の魔物に対処していたら、脇腹にオークの重たい一撃を食らった。
今周りにいる魔物は、オークが4体に、キマイラが1体。剣や魔術を使えば一瞬でつまらないというのもあって、拳のみで戦っている。
流石に打撃力が足りないか。今まで何発も打ち込んだが、それほど効果を感じられない。人間相手なら殺すこともできそうだが。
仕方がないか、剣を使おう。
鞘から抜いて、そのまま体を回転させながら脇腹に一撃を入れてきたオークを両断。
迫ってくる攻撃をいなしつつ、キマイラの足を斬り、動けなくさせる。
動けないキマイラは後回しにしつつ、残りのオークに向かう。
最初は袈裟斬り、次は勢いを殺さないようにしながら横薙ぎ、最後は飛び上がった後に縦に振り下ろす。
全て一刀両断で終わる。やっぱり剣は使わない方が楽しめそうだな。
残る作業は、キマイラへの止めだけだ。反撃できそうな尾を先に落としてから、脳天に向かって一発。終わりだ。
キマイラの首元に切れ込みを入れて、血抜きを始める。この肉が、なかなかに美味い。
と、こんな感じで昼食の後の走り込みは食糧調達の時間でもある。
魔物も、俺の住んでいた村の周りに出るのと比べると桁違いに強いが、なんとかなっている。今思うと、最初の頃はこんな場所でよく生きていられたと思う。普通なら死んで終わりだ。
「よしっ」
風魔術の応用で血抜きを一瞬で終わらせて、持って帰る準備を始める。
いつも通り持ってきていた縄を縛り付けて、飛んで帰るだけだ。
それにしても、口に出すほどに暇だと思ってしまった以上、一度山を降りてみるべきか。
移動を始めて一瞬で、家が見えてくる。側から見たらただの小さな小屋かもしれないが、手入れを怠らずに愛用している家だ。
あたりを見渡せば、一面大きな岩がゴロゴロと転がっているだけの殺風景。よくもこんな所に住もうと考えたものだな。
そうして景気を眺めているだけで、退屈に感じてくる。もうすでに手遅れな程に暇を弄んでいたらしい。
1000年も経っているということで不安が残るが、せっかく思い立ったんだ、人里まで降りてみよう。
どうせこんな所にいても特にすることはない。
暇が祟って死ぬよりかは断然いい。
そこまで考えて、キマイラの死体を小屋に吊るしてから、山を全力で駆け下り始めた。
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