暇が祟って世界を滅ぼす

虹閣

00 終わりの始まり

 濃い瘴気の中を、僕らはただただ歩き続けていた。

 この山に住んでいるという悪魔の討伐。麓にある村を訪れた時に村人たちに依頼され、引き受けた。

 教会で勇者に選ばれてからずっと魔族や魔物と戦ってきた。

 そのほとんどは、人魔大戦の戦場であるエルドルヴ島だったが、他にも点在はしていた。その中でも、こんな山奥にずっと住んでいるというのは初めてだ。

 今までと違う。だからこそ警戒は絶対に怠らない。

 ここで僕たちが失敗したら、また村が悪魔の被害を被り続けることになってしまう。それだけはなんとしても許してはいけない。


 「……やはりこの先ですね。黒い、禍々しい魔力の気配に近づいてます」


 後ろを歩く僧侶のセリーヌがみんなに言った。

 僕も魔術を使うおかげで、魔力をはっきり認識できるからわかる。この先に、とてつもなく強い悪魔がいる。

 それに、ずっと山を包み込んでいた瘴気を、もう少しで抜けようとしていることもわかる。

 常に周りを警戒しながら歩き続けると、瘴気の霧をようやく抜けて、視界が明るくなる。

 ちょうど山の頂上がはげたように、その場所だけ木が生えておらず、大きな岩がゴロゴロと転がっているだけの殺風景。その中央に、小さな小屋があった。

 カーンと、薪を割る音が響いている。


 「あそこにいるはずだ。とりあえず、見える場所まで移動しよう」


 そう言って、風上を避けつつ移動する。

 見えたのは、ただ黙々と薪を割り続ける、人間の若者のような姿をした何か。魔族や悪魔にあるはずの角がない。 

 いや、公爵級以上の悪魔は角を隠すことができるらしい。騙されるわけにはいかない。それに、魔力の質と量は、大魔族や悪魔のそれと全く同じだ。

 魔術士のリシアの方を見る。いつも自身に溢れた目をしているのに、今は違った。明らかに怯えた表情をしている。


 「リシア、大丈夫か」


 「大丈夫なわけがないでしょ……竜と同じ、いやそれ以上かも。とにかく、一撃で仕留めて」


 竜と同等かそれ以上。おそらく魔力のことを言っているんだろうが、本当にそれほどの魔力量を持っているなら、一撃で仕留めなくてはならない。

 それに、リシアの言っていることが間違っていないのは簡単にわかる。肌を刺すようなプレッシャーが、それから放たれているからだ。


 「わかった。僕とガルドで突っ込む。二人はその援護をお願い」


 「正気かカイル……いや、了解だ。それで行こう」


 一撃で仕留める時は、いつも僕とガイルで突撃して、ガイルの作った傷に僕の攻撃を入れて仕留めている。

 今回もそれで行く。失敗はしないはずだ。

 僕が前の岩陰まで移動してしゃがむと、後ろから一人ずつ同じようについてくる。

 そして少し近づいて気が付いたことが一つある。気が付いたというよりは、最初からあった違和感が、少し強まったという感じではある。

 何かに見られているような、そんな感覚がより一層強まった。

 それでも、まだその悪魔には気づかれていないはずだ。相変わらず、薪を割る音を響かせている。


 「合図したらすぐに出る。いつも通りだ。必ずいい報告をしよう」


 全員が頷くのを確認して、隙を伺う。

 悪魔が斧を振り下ろして、薪が割れた瞬間、持っている剣の鞘を弾いて、剣を抜く。

 それに合わせるように、ガルドが岩陰から出て、一瞬で間合いを詰める。

 僕も、踏み込んで間合いをつめにかかる。

 後ろでは、セリーヌとリシアが魔術を発動させようとしていた。

 ガルドが槍を悪魔の胸に向かって突き刺そうとするが、ギリギリで逸らされて、肩に傷をつけるにとどまる。

 少しの傷とはいえ、切り込むとっかかりとしては十分だ。

 ガルドが飛び退き、斬りかかろうとした時、さっきから感じていた違和感の正体に気がついた。

 最初から見られていた。視線の主と目が合ったことで、それをはっきりと感じられた。その時には、僕はすでに攻撃体勢を崩していた。

 引き返せ。そうみんなに言おうとしたが、声が出なかった。

 みんながなぜか逆さまに見える。ゆっくりと上に向かっていく。

 違う、僕が逆さまになったんだ。僕の頭が地面に向かって落ちているんだ。視界の端には、何よりも大事にしていた剣を落としている僕の体があった。


 「やはり山賊はマナーがなっていないな」


 消えていく意識の中で、僕はそう聞いた気がした。

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