第4話 僕

 海へ通うことがすっかり習慣となったある日。


「カトウ、今日も行こうぜ」


「ごめん、僕、掃除当番だ」


「じゃあ先行ってる。絶対来いよ!」


 僕はスズキたちと別れると、掃除を始めた。


「よし、すぐに終わらせるぞ!」


 僕はいつもよりスピードを意識して、それでいて丁寧に掃除をした。

 掃除が終わると、走って海へ向かう。

 しかし、砂浜には誰もいなかった。荷物もない。


「あいつら、先帰ったな」


 絶対来いよ、とか言っておいて、僕は置いて行かれたようだった。

 僕は仕方なく帰ることにした。いや、せっかく来たのだから、少し歩いていくか。

 僕は普段あまり行かない、岩場の方へ行ってみた。


 そこで、見つけた。

 僕は、息を呑んだ。


 そこにいたのは、人魚だったからだ。

 陶器のように滑らかな肌、きらきらと七色に輝く鱗、ひらひらと波に揺れる鰭、濡れているはずなのにさらりと風になびく髪。

 どれをとっても人間離れしている。それでいて、見たものを狂わすのではないかと思うほど美しい。

 僕はしばらく動けなかった。彼女の吸い込まれるような瞳に釘付けになる。僕と彼女はしばし、見つめ合った。

 どれだけ経っただろうか。

 僕は今更ながら、頬をつねった。痛い。

 まるで夢を見ているようだったが、それは確かに現実だった。


「君は、人魚なの?」


「ええ。見ればわかると思うけど」


「……ごめん」


 僕は咄嗟に謝った。彼女の言う通りだ。失礼だったと少し後悔する。


「あなたは、人間?」


「あ、ああ」


「そう。……私、人間と初めて話したわ。またね」


 彼女は僕と、少しおかしな会話をした後、ちゃぽんと海に潜ってしまった。彼女の影はすぐに見えなくなる。

 僕はしばらく放心状態だった。

 人魚? そんなもの、この世に存在するのか。いや、僕は見てしまったのだ。本物の人魚を。

 噂はどうやら本当だったらしい。

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