最終章 歴史改竄編
第74話 来訪者
クロエがノワール公爵家の自室で帰り支度をしていると、イネスが部屋へと入って来た。
「義姉様、もう帰るの?実家でゆっくりしていけばいいじゃない?」
「イネス…実家とは言え、ここはもう私の家じゃないからヴォーダンに戻るわ。そろそろ2人目が欲しいので」
「本当、仲良いよね。わからないな〜兄さんのどこがそんなに良いのか」
「あら?それは朗報ね。主人の良さをわかる人は私1人だけで十分だから」
血族でも自分の夫だけは譲らないというクロエの独占欲の強さがよくわかる一言だ。
イネスと喋りながら帰り支度をしていると、オットが部屋へと入って来た。
「クロエ。少しいいか?ってもう帰り支度をしているのか?」
「オット兄様?またヴォーダンに帰るな。なんて言いに来たのですか?」
クロエは心底面倒くさそうに返す。
「お前は昔から言い出したら聞かない奴だから諦めた。それより、帰るのを少し遅らせるのは出来るか?」
「あら?新しい切り口ですのね。出来なくはないですが、出来ることなら直ぐにでも 夫 の 元 へ 帰りたいですわ」
やたら夫部分を強調する。
「うぐっ…昔は兄様兄様と可愛かったあの子が…」
「さっさと要件を述べてくださる?」
「ぐぼぉっ!我が妹が冷たすぎる!だが、それがィィ…」
イネスは思った。この義姉にしてこの義兄か…
「実はな。月読様がそろそろ帝都にお越しになられるそうだ」
「ツクヨミ様…?なんでしたっけ…それ…」
クロエでも思い出せない。
「うん?知らないのか?エルヴィス族に古くから伝わる月の巫女だよ。30年から50年に一度帝都に来て吉凶を占ってくれる巫女様のことだ」
「あら?それだけ有り難い存在なら今回の戦のことも占いにでてたのかしら?」
「月読様がわかるのは自然のことだけで、人の行いに関してはその時によって変わるから読めないらしい」
「へぇ…」
「何せ一生に一度くらいしか見れない貴重な人だ。それを見た後でも良いだろう」
そこまで言われたのだからクロエも興味を注がれる。
「義姉様。一緒に見てみましょうよ。多少帰るのが遅くなっても兄さんなら何も言わないよ」
ジュドーの性格を考えれば何も言わないだろうし、興味津々に聞いてくるだろう。
「そこまで言うのなら…その月読様を拝見してから帰ろうかしら」
何も連絡もせずに遅くなると余計な心配をするかもしれないということでクロエはジュドー宛に遅れることを知らせた手紙を書いて送った。
その日が来るまで、クロエは月読という人物のことについて調べを進める。
月読というのはエルヴィス族に伝わる月を信仰の対象とした宗教の巫女で満月の夜に自然の吉凶を占うらしい。普段は帝国領内の山奥にある集落にいるようだ。なんでも侵略を受けた時に帝国に保護を求めたのが切っ掛けで、以来自然界の占い結果を報告しに30〜50年周期で訪れるのだという。
面白いのは訪れる月の巫女の見た目の年齢はその時によって様々だが、なぜか顔は皆同じらしい。何とも不思議な話である。
数日後。クロエとイネスは兄のオットと父のパールに付き添い皇居へと向かう。
皇居では月読の来訪にむけての準備が進められている。
大広間は多種多様な生け花が飾られていた。
大広間で待っていると、太鼓の音が鳴り響き、月読が来たことを報せる。
ドアが開くと集まった貴族達は一同に膝をつき、女性はカーテシーで出迎える。
クロエはカーテシーをしながら上目で月読の姿を見る。
頭に満月をイメージさせるような金の装飾品を身に着け、袈裟のようなものを羽織り、その下は下半身はスリットの入ったスカート。上半身には布が巻きつけてある。見ようによってはホラー映画などで出てくるのミイラ男のようでもある。
違うのはスレンダーで比較的若い女性ということだ。しかも美人だ。
さしずめ月夜に咲く月下美人と表現するべきか。そう思ってしまうほど儚げな様子でもある。
「月読殿。ようこそ帝都へ」
月読は両手を交差して胸の前に置くと、膝をつく。
「"初めまして"月読でございます」
まるで鈴の音のような声だ。
「初めまして、か…いや、すまない。分かってはいるもののどうにも慣れないものでな。不快に思ったら申し訳ない」
「いえ、構いません。陛下におかれましても…」
長々とした挨拶の後、月読は巻物をリチャードに手渡す。
「これが、占いの結果か」
「左様に御座います」
リチャードは巻物を開くてさっと目を通して横で控えていたジェームズに手渡す。
「これは後でゆっくり読ませてもらう。遠い所からはるばる来られたのだ。疲れもあるだろう。夜には歓迎会の宴席も用意してある。それまで身体の疲れを癒やして欲しい」
「お心遣い。感謝致します」
月読は立ち上がると、ゆっくりと歩み出す。
クロエの前を通る時だ。
「ヒッ!」
月読は急に怯えたように声をあげる。
「月読殿!?如何なされた!」
リチャードは立ち上がり、近くにいた彼女の護衛であろうエルヴィス族の男達が彼女の周りに集まる。
「い、いえ、な、何でもありません。何も…」
その様子はひどく怯えた様子だ。
だが、彼女はただ歩いていただけであり、何か特別あったわけでもないのはその場にいる全員が見ていたことだ。
彼女は顔を白い肌を更に白く染め上げ、周囲の人達はキツネにつつまれたような顔を浮かべていた。
夜、歓迎式典が盛大に行われていた。
貴族たちは月読に一言でいいから声をかけてもらいたいと彼女の周りを取り囲む。験担ぎみたいなものだろうとクロエは受け取っている。
クロエはリリアナやジェームズをはじめとした学生時代の友人達と話をしていた。
「あの、クロエ・ノワール様ですね?」
月読の護衛をしていたエルヴィス族の男に声をかけられる。クロエはムッとした表情を浮かべた。
「クロエ・ノワールではなくて、クロエ・ヴォーダンですわ。お間違えのないように」
「こ、これは失礼いたしました!クロエ・ヴォーダン様。月読様が貴女とお話をしたいと申しております」
「私と…?何故?」
「そこまでは…全ては月読様の御心で」
「わかりましたわ。案内を」
クロエは男に案内された部屋に入ると、ソファーに月読が1人座っていた。
クロエが部屋の中へと通されると、護衛の男は部屋から出ていく。部屋にはクロエと月読の2人きりだ。
「初めまして。クロエ・ヴォーダンです。何か私にお話があるとお聞きしましたが…」
月読は何も言わずにじっとクロエを見つめる。
クロエは何ともその視線にどこか居心地の悪さを感じていた。
「あ、あの…」
堪らず声をかけると月読は目を閉じる。
「…どうやら、気の所為のようですね」
「…は?」
「申し訳ございません。お手数お掛けしました」
月読は座ったままお辞儀をすると部屋を出ていく。
「え……なに…?」
部屋にはクロエだけが残された。
部屋から出てきた月読に付き添う護衛の男。
「如何でしたか?」
「どうやら、大丈夫なようです。不思議なものです。将来、この大陸に厄災を振りまかんとする彼女からその禍々しさを残しつつも、その脅威を全く感じないなんて…」
「…そのようなことが?何度月読様が占っても帝国は陥落し、厄災が目を覚ますと出たはずなのですが」
「ええ、ですが結果的には帝国は残り、厄災も影を潜めた。いい方向へと未来は進んだようですね。果たして何が起こったのでしょうか…」
月読。
エルヴィス族の吉凶を占う月の巫女として古くから政に関わってきた謎の多い人物だが、彼女が占いで見通せるのは自然現象だけでなく、人の未来までも見通せる。
しかし、権力者に利用されるのを恐れて他言しないためその事実を知る者は側近のみ。
彼女が見た未来は1人の女が引き起こした世界を巻き込んだ戦争というべき厄災。その可能性が潰えた未来へと世界は舵をきった。
ここから先は彼女をもってしても見通すことが出来ない。
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