第73話 譲るという名の押し付け

ジェリドは家族全員を集めると話を始める。


「今回の戦でランドール様は俺達の領を含む幾つかの領の総括を任せられることになった。それは前も似たようなことをしてきたんだが、その範囲も広くなった。今までは各領主の裁量に任せっきりのところがあったが、これからはそうはいかん。広くなった以上、管理を行き届かせるのが難しくなったわけだ。そこを今まで通りのやり方でやっていくと万が一謀反が起こったとして対応が遅れて被害が大きくなる。そこでランドール様はご自身の直轄部隊として治安維持と監視を担う部隊を作ることを決められて、その部隊長に俺に声がかかったってわけだ」


考えようによっては出世でもある。


「ただな…それを引き受けるとヴォーダンのことが疎かになってしまう。それはクロエちゃんが色々やってきてくれているから問題はない…とは言いたい所なんだが、俺のサインが必要な部分もあるから処理が滞ると思う。それこそ緊急を要するものなら最悪だ。そこでだ。家督をジュドーに継いでもらって俺はランドール様の元へ行こうと思っているが、どうだろう?」


「な、なんでまた家督を兄さんに譲っても父さんがランドール様の所へ行くつもりなんだよ…」


トーマスの疑問は尤もだ。本来ならジュドーが馳せ参じれば良いだけの話。


「理由か…まず1つはランドール様への個人的な恩返し…というのがデカいな。ちょっと恥ずかしすぎて言えないのだが、ランドール様には返しきれない恩があってな…それを直接返したいというのがある」


ダリアとミリアには覚えがあるようだ。確かにあれは言えないわね〜なんて二人で話をしている。


「だからといって…なんで父さんを指名なんかするんだ。ランドール様は…」


「分からないかトーマス?ジュドー、いや、クロエちゃんならわかるかな?」


「トラキア王国を警戒して、ですわよね?」


即答だった。


「流石と言うべきか。大正解だよ。確かにトラキア王国との間に友好的な関係を結んで行こうという考えが出始めては来ている。しかし、禍根を乗り越えるってのは簡単じゃない。人は時として感情で動く生き物だからな。こればかりは理屈じゃない」


ランドール領の隣はトラキア王国でもある。先の戦争で同盟を組み、過去の禍根を乗り越えようという転換期でもあるこの時期に、それを良しとしない人だって少なからずいることだろう。交渉の余地はあるとは言え結ばれた不平等条約はそのままだし、王国には帝国に恨みを持つ者は存在するのだから。


「その抑止力として"ヴォーダンの怪物"を充てがおうってことか」


ヴォーダンの怪物の名前は未だに王国の間では恐怖の対象だ。それが遊撃隊として隣接する帝国領内を動き回るとなると二の足を踏む。


「そういうことだ。ジュドー」


「俺はてっきり政務仕事が嫌だから押し付けようとしてると思ったよ」


笑いながら言うジュドーにジェリドは顔を背ける。


「ソンナコトナイヨ?」


「親父。こっちの顔を見て言ってもらおうか?」


「と、兎に角だ。俺はランドール様の下に行こうと思っている。ヴォーダンはジュドー。お前とクロエちゃんに任せた。お前達なら俺より上手くやれるだろうさ。トーマス。お前は俺について来い。俺だけじゃ荷が重いからな」


「…なんとなくそんな予感はしていたよ。父さん書類仕事嫌いだからね…」


やれやれと言いたいようにトーマスは両手を挙げた。


「でも…警戒する相手は王国だけじゃないよね?神聖国の残党の線もあり得る」


「ほう?ジュドーもわかってきてるじゃねえか。ランドール様は寧ろそっちを警戒している。王国を通り越してコッチに直接仕掛けて来るんじゃないかってな」


「え?そういうことなら領内の衛兵に任せれば良いんじゃないの?」


「相手は戦争経験者の手段を選ばない過激な連中だ。衛兵じゃ荷が重いんだよ。トーマス。これからお前もこういうところを俺の背中から見て学ぶといい。」


「わかったよ。父さん」


ここでジュドーは思い付いた提案をしてみる。


「ああ、良かったら自警団やってるブロクスの部下を何名か引き抜いて行けば?彼等は元マフィアだから裏社会に精通している。役に立つと思うよ?」


「なるほど…その手があったか!ジュドー助かる!行く前に話を通しておこう」


裏には裏にしか出回らない情報がある。ジュドーの思いがけない提案にジェリドは嬉しそうに答えた。そして、パンッと両膝を叩く。


「よし!そういうわけだから、早速家督を譲る許可を申請しよう。家督を譲って所で楽隠居できるわけじゃないのが辛いところだな」


ジェリドは苦笑いをしながら言う。

数日後、無事許可がおりてジュドーは家督を継いで名実ともにヴォーダン領の領主として認められることとなった。

ジェリドは家督を譲ると肩の荷が下りたと言わんばかりにトーマス、ダリアとミリア、ブロクスの部下数名を連れてランドールの元へと向かう。

イネスはノワール家で働くためクロエと共に帝都へと向っている。


「義姉様はどうして帝都へ?」


馬車の中でイネスはクロエに尋ねる。

義弟妹が心配だからという理由で付き添うことなどあり得ない。一緒に帝都に向かうと聞いた時は驚いた。


「リリアナ様より大切なお話があるとご連絡を受けましたので」


「皇太子妃殿下に呼ばれたのですか?!」


クロエがリリアナと旧知の仲であることは聞いてはいたが、まさか本人から呼ばれているとは思わなかった。


「…あまり、良いお話というわけではないでしょうね」


クロエはあの時の文句を言うために呼んだのでは?とこの時は疑っていた。

クロエはイネスをノワールの屋敷へ送り届けると、そのまま皇居へと向かう。

皇居に到着するとクロエはリリアナの執務室へと通された。


「クロエ・ヴォーダン。参りました」


カーテシーをしてから部屋を見ると、リリアナが1人座っている。


「どうぞ、こちらに座って」


「失礼致します」


部屋には侍女の姿もなくリリアナしかいない。窓もドアも閉め切るほどの徹底ぶりだ。


「お話というのは…」


「ノエル・カーチスのことです。貴女も彼があの一件に噛んでいたことはよく知ってます。なので、ここから話す内容は他言無用。良いですね?」


「はい」


クロエはリリアナからその後のノエルについて詳細に教えられた。

全てを聞き終わると、大きく息を吐いた。


「自分の根幹を全て失った彼には、如何なる死刑より辛い処分でしょうね」


国外へと追放する時には1人で立つことすら出来ず、目は焦点を失い顔は薄ら笑いを浮かべていたそうだ。

そういう顔を人をクロエは何度か見たことがある。逃げ場もなく心を壊され、死ぬという選択肢が選べなかった人が行き着く成れの果て。


「自決をする…とは思ってなさそうね」


「そこまで追い詰められたら出来ないものですわ」


自決をするという行為は一見自暴自棄のようにも見えるがまだ理性が働いている。その一欠片の理性、尊厳を守るために自ら命を断つものだ。

ノエルは全てを失ったことを嫌でも理解させられた時に、もし自由があったならその時に自決を選んだだろう。

だが、そんな自由すら与えなかった。ただ、絶望を味わう時間だけはあった。彼の尊厳も理性も時間を与えることで一欠片も残さなかった。

自分が自分たる築き上げてきた所以を自分の手で壊していくだけの絶望の日々。残ったのは虚無。

彼には生きるという選択すらもはや出来ない。



「何処へ捨てられたのかは…流石に聞いてないですよね?」


「貴女なら、予想はつくのではなくて?」


「そこまでわかるわけがありませんわ」


「嘘が下手ね。クロエ」


実際クロエは予想はしている。だが、これは口にして良いものではないと考えているため何も言わない。

二人はその後は気持ちを切り替えるように最近の流行や互いの家族の話で盛り上がった。

ただ、その時飲んだ紅茶の味はやけに苦かった。

それだけは確かだった。

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