第9話 皇太子と公爵令嬢
日曜日。
今日は週に1日だけ与えられる休みの日だ。
平成育ちの孫に昔は土曜日でも授業があって日曜日しか学校が休みがなかったことを教えたら
「なにそれ!ブラックじゃん!」
と随分と驚いていた。
この世界でも学校は週6日あり、週に1日しか休みらしい休みはない。
それでも問題行動さえ起こさなければ自由であるから、この日だけは各々に時間を過ごす。だからといって1日中寝て過ごしたり、遊んで終わるという生徒は一人もいない。早朝の自主トレはみんなやるし、その後は午前か午後のどちらかに開放された学校で自分のやりたい勉強や練習に打ち込んでいる。
実質休みなどないのだが、昔もそんなものだったのだから慣れたものだ。ジュドーは早朝の自主トレが終わると同室のクリスとクリスの友人。ナッシュ・ガーロンドと一緒に学校の図書館へと向かう。ナッシュは帝都に住む中央貴族の伯爵家の子息だ。
抜き打ちのテストでかなり悪い点数をとったクリスが勉強を教えてほしいと二人に泣き付いたことから、3人で勉強すれば良いとジュドーが提案したのがきっかけだ。
「いやー本当に助かるよ〜。報酬としてオカズ1品あげるからよ」
「1品だけか?足りないな。デザートもよこせ」
「ナッシュ…それはないんじゃないのか?」
「妥当な要求だ。嫌なら自力で頑張ることだな。そう思うだろ?ジュドー」
「あははは…」
苦笑いしか浮かべることができない。
ナッシュは普段は差し障りのない人物だが、信頼が置けると判断すると途端に遠慮がなくなり口が悪くなる。そのせいで交友関係はというと浅い付き合いばかりで、気兼ねなく付き合える友人はジュドーとクリスくらいしかいない。
口では嫌なら自力でなんとかしろとか言うが、文句を言いながらも最後まで根気よく面倒をみるのがナッシュという人物なので険悪な雰囲気になることは…
たまにある。
それでも次の日にはケロッと忘れていつも通り付き合う。それが彼等の付き合い方なのだ。
図書館に着くと既に机に本を広げてノートに何やら書き込んでいる女子生徒が1人いた。
その女性は背中まで伸びた艶のある黒い髪。キリッとした顔立ちに猫のような目、黒曜石を思わせるような黒い瞳。漂わせる雰囲気はまるで他国の王族のお姫様と言われても疑わないだろう。
「あれは…ノワール様じゃないか」
ナッシュが女性を見るや呟いた。
「ノワール?あの法の番人の?」
「ああ、法の司る一族のご令嬢。クロエ・ノワール様だ」
貴族社会に疎いジュドーでも聞いたことがある。この国に法を敷いた一族だ。その功績から建国から皇帝の側近として仕えていた3貴族以外で唯一公爵の位を与えられた法の番人。それがノワール公爵家。
「ナッシュは彼女ことを知っているの?」
「ジュドー。彼女は最近、皇帝陛下のご長男。ジョージ殿下の婚約者になられた方だ。挙げられた婚約者候補の中で群を抜いた逸材との噂だぞ。そこを皇后様がいたく気に入られたとかいう話も聞く。読まれている本も何かの専門書のようだ。ああやって常日頃から努力を惜しまぬ方なのだな。」
ナッシュは何度も頷きながら話す。
「そんなにスゴイ人なら煩い俺たちが近くにいると邪魔になるだろうな。少し離れたところでやるか」
「下手に騒いで、あういう格上の人に睨まれるのは嫌だしね」
クリスの提案に二人は頷くと離れた机に陣取り教科書とノートを広げて勉強をやり始める。
しばらくやっていると誰かの話し声がする。その声は少しずつ出入口に近付いてくるようだ。
ふと出入口に視線を動かすと、ノワール公爵令嬢と一緒にジョージ皇太子が談笑をしながら歩く姿が見えた。
それはとても仲睦まじげな二人だ。
「へえ、随分と仲が良いな」
「仲が良いのは貴族の間じゃよく聞く話さ。ジョージ殿下も聡明な方と聞く。将来この国も安泰だな」
「クリス。そんなこと言っている場合か?この成績じゃお前の将来は真っ暗だぞ」
「うるせー。一言多いんだよナッシュ」
自分達よりも年齢も立場も上の人がいなくなったことで図書館は少しだけ緩い空気が包む。
最上級生で今年度で卒業する皇太子とその婚約者。同学年や年齢の近いの生徒は二人に少しでも取り入ろうとする人物はいるだろう。そういう人に限って自分の近くに置いてもあまり役に立つとは限らないし、断れば変に逆恨みのようなことをする人物もいる。
差し障りなく断るのも大変なんだろうなとジュドーは思った。
何にせよ、貧乏貴族で中央からは遠い自分には関係がないことだろう。そう結論づけて再び机に向かい合った。
幼年学校の初めの3年間。
彼等は如何なる身分であっても職人で言うところの丁稚のような扱いを受ける。その3年で帝国貴族としての最低限の立ち振舞を身に着け、残り2年はその実践演習を行っていく。
休むまもなく忙しい日々を送る中、気が付けば入学して4年の月日が流れていた。
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