第4話 喧嘩しかないからスポーツを広める
ジュドーが目を覚ますと真っ暗な部屋の中だった。上半身を起こして見渡す。暗闇に目が慣れるとそこが自分の部屋だったことがわかる。
(やっぱ、負けちゃったか)
ジュドーはもう一度ベッドに寝転んだ。
体格差がありすぎて勝てるとは思ってもみなかったが、それでも悔しいことは悔しい。もう少しやれたと思ったけどなと考えているとドアが開いて母親のダリアが入ってきた。
「あら、ジュドー目を覚ましたのね。体は大丈夫?」
「うん、まあ…」
「顔、触っちゃ駄目だからね。顔中に蛭を貼り付けているから」
「え?本当に?」
よもや異世界へと転生して蛭治療を受けるとは思わなかった。それだけ顔を殴られて腫れ上がったということだろう。
ダリアは寝ているジュドーのベッドに腰をかけると優しく頭を撫でる。
「負けちゃったのは悔しいかもしれない。でもね、勝負に勝つことよりも大切なものをあなたはみんなの前でやってのけたわ。怖くても一歩踏み出す勇気。これはなかなかできることじゃないわ。お父さんが褒めていたわ。お父さんだけじゃない。みんなあなたのことを褒めていたわ。特にあなたを殴りつけたアラゴのお父さんもベタ褒めよ。ヴォーダン領は安泰ね」
そう言うとダリアは最後にジュドーの頭をひと撫でして部屋を出で行く。
ジュドーはもう一度天井を見上げると、また目を閉じて眠り始めた。悔しい気持ちは消えて妙な満足感と気恥ずかしさが心の中に残った。
翌朝、起きると枕元に大量の蛭が転がっているのを見てジュドーの悲鳴があがった。
後日。
すっかり顔の腫れが引いたジュドーは広場で游ぶ自分と同じ年齢の子供達を眺めていた。
あの喧嘩祭りで優先権は西村の子供達にあるせいか西村の子供達は縦横無尽に駆け回っているが、東村の子供達は広々とした場所ではなく隅の方で細々と静かに遊んでいる。
体は子供であっても中身はおじいちゃんのジュドーである。子供は元気に游ぶのが仕事である。そのため、広場の片隅で細々と游ぶ姿と喧嘩ばかりの生活は健全とは思えない。
「どうしたものかねぇ…」
喧嘩以外に打ち込めるものがあれば良いが、その頃は自身も似たようなことをやってきたし、彼にとって武道がスポーツそのものであった。
武道以外のスポーツと言えばテレビ中継で好きで観ていた野球が彼にとってはスポーツとして当てはまるのだか、道具も多いしルールも小さな子供には難しい。
比較的貧しい国の子供の多くがサッカーを嗜むという話を思い出したジュドーは初めはサッカーをやろうとしたが、子供の荒っぽい使用に耐えられるほどのボールを作るのは極めて難しい。
どうしたものかと悩みながらぼうっと自分より小さな子供達が遊ぶのを眺めていると、輪になって何かを投げ合って遊ぶ子供達が映った。よく見ると投げているそれはエールを注ぐ木でできた、そこら中割れたり穴が空いたりしている壊れたジョッキだった。
「これだーーー!」
ジュドーは思わず大声を上げた。
ある日、アラゴをはじめとした西村の子供達が広場に来ると、広場の隅の方で走っては抱えているジョッキのような物を横に投げてを繰り返してる東村の子供達を見かけた。何をしているのかと尋ねると何でもジュドーが考えた新しい遊びなのだそうだ。
遊び方を教わってやってみると意外と面白い。それから東西分かれて対抗戦をやってみる。すると単純が故に非常に奥が深いのが分かってきたのだ。
ジョッキを受け取った者と同じチームの人と横並びになって走り、横へパスを繋げて指定されたエリアに置く。彼らがやっているのはラグビーだ。ボールの代わりに壊れたエールのジョッキを使っているのだ。やっている人を見ると周りで見ていた子供達も続々と参加し始める
。いつしか広場いっぱいに子供達が力いっぱい走ってラグビーを楽しむようになっていった。
「いやー、見ていて壮観だなー」
ある日、ジュドーは広場でラグビーを楽しむ領民達を眺めている。ジュドーの広めたラグビーはエール運びという名前で広がり東西の子供だけでなく、大人達も混じって楽しんでいる。
喧嘩が娯楽となっている村で喧嘩に代わるものをと広めたものが、ここまで浸透するとは思ってもみなかった。
その時だ。
「ジュドー」
彼を呼ぶ声がする。振り向くとアラゴが立っていた。
「アラゴじゃないか。君はみんなとやらないの?」
「いや、それよりも聞きたいことがある。エール運びを考えたのはジュドーと聞いたが…本当に?」
「うん。村では喧嘩がお祭りみたいになっているけど、みんなが好きでやっているわけでもないし喧嘩が嫌いな子もいると思ってね」
「まあ…そうだよな」
アラゴはジュドーの横に並ぶと内緒の話だけどという前置きをして話し出す。
「俺さ、他の奴らよりも体がデカいし暴れることも多いから喧嘩好きと思われているけどさ。本当は…嫌で嫌で仕方がなかったんだ。でも、それを言うことは親にも言えなくてさ。やりたくないけど、ナメられるのはもっと嫌でさ。すげー悩んでて…ジュドーのおかげで一騎打ちなんて騎士みたいなことができて、それにもう喧嘩することがなくなると思ったら…すげー嬉しくてさ。ありがとう。ジュドー。ジュドーならいい貴族になりそうだよ」
そう言うと、アラゴはジュドーに向き合うと真っ直ぐにジュドーの顔を見つめて膝をついた。
「俺…争い事とか、そういうの苦手だし、頭も悪いから大したことはできないけど。俺はジュドーの従士になりたい。認めてくれるか?」
ジュドーは少しだけ笑うと答える。
「給金は安いよ?」
「この領地を発展させて稼ぐさ」
「僕は貴族だ。戦争があれば出兵しなくちゃいけない。それでもいいの?」
「それは嫌だけど、ジュドーが居なくなるのはもっと嫌だから…そこは頑張るよ」
「じゃあ…よろしくね」
ジュドーが手を差し伸べるとアラゴは強く握る。
「俺の忠誠を捧げます。ジュドー様」
嫁無双 〜転生したら異世界に嫁がいた件について〜 あぐお @aguo
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