嫁無双 〜転生したら異世界に嫁がいた件について〜
あぐお
第一章 幼年期
第1話 はじまりは…
その男、小田重蔵はゆっくりと目を覚ます。
目が覚めると周りが慌ただしく動く気配を感じ、周囲を見渡してみる。
しかしその目には風景を映すことは叶わず、光だけが映った。老いて視覚、聴覚が著しく衰えた体では自分がいつ、どこで、何をしているか捉えるにはあまりにも難しいことだった。
それでも肌を通して伝わる振動と気配。記憶を掛け合わせることで状況がその男には理解出来た。
自宅で倒れて気がついた時は病院のベッドの上だった気がする。家族が日替わりでお見舞いに毎日来てくれた。それでも年老いた体では最早病の進行を遅らせる治療すら負担が大きく、痛みを緩和させることしか出来ず日に日に自分の体はやつれていき、そしてこの日を迎える。
(嗚呼、俺はもうすぐ死ぬのか)
男の体にいくつもの手が触れる感触がわかる。
この手は長男だな。この手は次男か。そしてこれは孫。そして胸に手を置いているのは…長年連れ添った妻のものだ。
「父さん!俺だよ、わかる?!」
「お父さん!しっかり!」
「じぃちゃん!」
触れている手以外にも自分の周りにはいくつもの気配がある。自分が作って繋いだかけがえの無い家族だ。
きっと彼らは自分に向けて一生懸命声かけをしているのだろう。こんなになっても慕ってくれる家族がいることがどんなに幸せなことか!
思えば、この世に生を受けて妹や弟を食べさせるために軍に入り、激戦をくぐり抜けて生きて終戦を迎え、死に物狂いで帰国を果たし。
帰ってからは焼け野原と化した街を復興向けて必死で働いて、定年後は家族に囲まれながら穏やかな老後を過ごす。
そんな日々を送った人生の中で一番の幸運は…
男は自分の胸に置く手を握った。
その手は細く骨で固い手だが、何度も握ったことのある愛する人の手だ。
きっとこの女性と出会えたことが最高の幸運なのだろう。
最後にこの人にありがとうと伝えたい!
男はゆっくりと言葉にしようとするが、それは叶いそうにない。だからせめてこの想いだけは伝えようと握る手に力を込める。
そんな様子が伝わったのだろう。周りからはすすり泣く声がする。
「お父さん…」
「ほら、お母さん。お父さんが何が伝えようとしているよ!」
手を握られた車椅子に座った老婆は握られたを優しく手を外すと、祈るように両手を高く上げて握りしめて…
「何勝手に逝こうとしてんじゃボケがーーー!!」
「ごぼぉっ!!!」
そのまま力強く振り下ろした。そして胸倉を掴んで体を起こして激しく揺らす。
「あんたねえ!先に逝こうだなんてそうは問屋が卸さないよ!!だいたいねえ!!」
「ちょっ!!!母さん!?」
「ばあちゃん!?何してんのさ!?」
こ の ク ソ バ バ ア 、 ト ド メ 刺 し に 来 や が っ た。
そう頭を過るもつかの間、その意識はすぐに遥か彼方へと命と共に遠くへ飛んでいった。
「お母さん!?やめて!お父さん死んじゃう!」
「ヤバい!ばあちゃんそれはヤバいって!」
「ちょっ?!先生!せんせーーーい!!」
その部屋にはパニックに落ちる家族と看護師。そして大暴れする老婆。そして真っ赤なランプを点滅させながら大きい音を鳴らしているモニターが真っ直ぐな線を表示していた。
小田重蔵 享年92歳。
死因 嫁 の 一 撃 。
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初めまして。あぐおです。
カムヨム初投稿の作品です。
更新遅めの作品ですが、気軽にお付き合いいただければ幸いです。
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