第13話

 静止画がコマ送りでスロー再生されている感覚とは、本来であれば一枚当たり0.1〜0.2秒ほどの僅かな瞬間を一秒に引き伸ばした超感覚である。

 十枚の連続した映像が実際なら一秒の時間しか経っていなくても、僕は十秒分の時間の猶予をかんじているというわけだ。


 超感覚がもたらす恩恵は、先程まで姿を捉える事が出来なかった兎角とかくの移動に歴然として表れた。

 あの高速移動が見る影もないほど止まっているように見えたことだった。

 実際自分の動きも同じようにスロー再生されているし、感覚の行き違いから先走りや遅れて失敗することもあるのだが、感覚にゆとりが生まれたことはとても大きく、準備期間を万全とした態勢に持っていける。


 高速演算術式スバルを使うとここまで違うなんて……、望外の事態に興奮を隠せない。

 新しい高性能な機械を手に入れた気分。

 その興奮を魔物にぶつけるように刀を振る。振った先には必ず魔物がいる。避けられる不発ミスショットがない。


 スバルが計算し尽くし、必要な情報だけを意識共有してくれる。

 自分自身の視点の他に、鷹のイーグルアイの別視点情報が見えるように分かる。

 俯瞰の情報――上から見下ろして見た情報が何処に誰がいて何をしようとするのかが一目瞭然であり、後ろをいちいち振り返らなくても完全に状況を把握出来る。

 そしてマナ変化――手や足、もしくは空中に集中しだしたら術の発動であったり、必殺技が飛び出してくるなど、戦闘に役立つ情報が盛り沢山だ。


 治療キュアの使い方をスバルが教えてくれる。

 早速使ってみると、あいちゃんにかけてもらったのと同じ温かさが僕を包み癒していく。

 大怪我だった右手が再び使えるようになったので刀を持ち替える。


 『解析終了。まといの進化準備』


 スバルの声と共に体を覆う纏が変化していく。

甲冑かっちゅう、足は甲懸こうがけ、手は籠手、手甲まで隅々を網羅した防御体制が整う。

 闘気のため重さは全く感じない。その上防御力は格段に上がっている。

 甲冑の上から母衣ほろというマントを羽織り、伸縮自在の布のような闘気がスバルの指示で自動防御してくれるし、攻撃にも転ずることが可能らしい。


 マナが朱く染まっているように感じる。

 美しさと力強さを備えた鎧兜だ。

 マナ感知ができない人からしたら、学生服を着た男子にしか見えないだろうけど。

 

 形勢逆転したため集まった兎角も数が増えただけになった。飛び跳ねようが怯えて止まっていようが関係なく母衣と刀に切断され空気の中に消えていく。


 止まる事なく階段を目指す。まだ地下1階。超初級は地下3階まである。

 出てくる兎角、小鬼ゴブリン、を次々と打倒し地下3階の最終ホール――いわゆるボス部屋に辿り着いた。


 簡易的な大部屋にゴブリンの上位種ボブゴブリンが玉座に椅座位いざいしている。周りのゴブリンたちが倒れてから動くつもりでいるのか、全く動く気配が無さそうだ。

 ゴブリンも棍棒や短剣を構えているだけで近づいて来ない。指揮系統がしっかりしているために合図がないと動けないのか、こちらとしては好都合である。

 

 鞘の中に納刀されている刀にマナを集めていく。

 使う技は抜刀術横一文字――「箔月はくづき


 マナを込めた斬撃の波動が、引き延ばされ巨大化しながら敵を切り裂く。その斬撃はボス部屋に現れた空に輝く三日月のようだ。

 目の前の敵を殲滅し尽くすと月は消えていった。


 大部屋の壁を破壊して現れたのは下に降りる階段だった。


『パンパカパーン』


 この懐かしい声は? まさか?


『はーい、貴方わんちゃんお久しぶりですね〜。この声を録音してからそんなに日にちが経ってなかったら恥ずかしいのですが……、ま、それは置いといて超初級ダンジョンクリアおめでとうございます』


 聞こえてきたのは、あいちゃんの声だった。


貴方わんちゃんなら出来ると信じてましたよ。これで立派な空術士ですね。

 貴方わんちゃん用にこのダンジョンを改造しましたので、ここで更に力をつけて立派な侍を目指して下さいね。

 これで私のチュートリアルは終了です。もし淋しくなったらマスターの動画でも見てあげて下さい。私はいませんが、ハルえもんならいますので困ったときは助けになってくれるかも……』


 確かにハルくんなら力になってくれるかもしれない。だけど便利道具に頼りすぎるのも負けた気分になるのはなんでだろう。


『短い時間だけでしたが私はとても充実した楽しい時間を体験出来ました。ありがとうございました。私の担当が空鵺くうやくんで良かったです。では、さようなら。

 ばいばーい』


「大丈夫、また会えるよ。絶対に!」

 

 ありがとうの言葉はその時に伝えるよ。

 改めて気持ちを引き締め直し階段を降りていく。


 地下4階、地下5階と敵の種類も変わっていき、強さも上がるがやりにくさも困難になっていく。

 これから先のことを考えて魔物も選んでくれたのだろう。このダンジョンがどれほど深くまで階層があるのか分からないけど、行けるところまで行ってみるよ。

 久しぶりにあいちゃんとの繋がりを感じたことが嬉しくて、元気が湧いてくる。


(会いたい)


 きっとこの先が会いにいく旅路なのだと思うと俄然やる気が満ちてくるから不思議だ。


 ただスライムはどうも苦手だ。

 斬っても斬っても効果がない。術式で吹き飛ばしても集まって復活する。ダンジョンでは火は使えない。

 そして分裂すると増えるのだ。

 無限に……。

 増えて合体、増えて合体、分裂して合体する無限ループ。スライムの核を壊せば倒せるというけど、スライムに核は無いのだよ。


『今は撤退を申告します』


 スバルもお手上げのようなので早いけど今日はここまで、さようなら。

 体を反転させて階段を駆け上がる。だけどスライムは猛スピードで追いかけてくる。


「逃してくれないのかよ」

 

 鬼ごっこ、今日二回目。

 真空バキュームを連続して発動し必死に逃げる。

 今度は命懸け。

 うわ、闘気の鎧まで溶かすのかよ。


 地下3階まで駆け上がると急いで壊れたボス部屋を修復する。直し方は分からない。接着剤なんかでは引っ付かないだろうし、どうしたら良い?


「そうだ」


 閃いたら即行動。

 階段のすぐ上に秘密基地ルームを待機設置する。名前は間違えないようにタグ2スライムをつける。


「来た」


 これが効果なければお手上げだ。スライムの量が多くて暫くしても終わらない。

 容量はどうだ? 

 ぎりぎりいけるか? 


「駄目だ! 満タンになる」


 僕は無意識に折り重ね術式ティシュを使う。条件はルームが満タンになったら発動。


 タグは5までいくことになった。途中で他の魔物を取り込んで成長したのか? 

 考えるのも疲れたので、ボスのいないボス部屋に疲労からぐったりと倒れ込んで動けなくなった。

 この後ルーム1を持続させないといけないのに……。

 この状態で出来るか不安になるがとりあえず今は休ませてもらおう。



**



 翌日の朝、学校の教室に着くと僕の机に置き手紙があった。

 内容は昼休みに一年生徒会室まで来られたし。生徒会会長の名前で、そう書かれてあった。

 生徒会と言ってもうちの学校は、学年ごとに会長、副会長、書記の役職があるため、呼び出した相手は同学年ということになる。

 おそらく成績優秀者から選ばれるのだろう。


 東條院遥香とうじょういんはるか――彼女が一年の生徒会会長のようだ。

 

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