一般人だった俺が邪神の眷属になってしまい色々やらかす話
塩ハラミ
邪神さま
学校の帰り道、いつもの通り何気なく歩いていると急に目の前に妙な男が飛び出してきた。
黒いローブ姿のその男は明らかに焦っていて、周囲を気にする余裕もなく、俺と正面衝突した。
「うおっ!」
思わず声が出た。男は一瞬こちらを見たが、慌てた様子でそのまま走り去っていく。
俺はぼんやりと立ち尽くしながら、地面に目をやると、男が古ぼけた黒い本を落としていた。
「おーい!落としたぞ!」
声を掛けたが彼はもういなかった。結構な勢いで走って行ったし、後を追う気力もない。
俺は本を拾い上げて、何気なく眺めた。表紙には何も書かれていない。
まるで何年、いや何世紀も前に作られたかのように古めかしい雰囲気が漂っている。
「何だこれ?」
少し気になったが、渡しそびれたものをその場に置いていくのも気が引けた。俺はその本を家に持ち帰ることにした。
「…よくよく考えたら交番に届けたほうが良かったか」
家に帰りそう言いながらも、ふとその本が気になって手に取った。開けてみると奇妙なことにページはすべて真っ黒だった。
「ん…?」
唯一あるページに妙な魔法陣が書かれていた。俺は思わずそのページをじっと見つめる。
すると、突然魔法陣が光りだした。
「な、なんだ…!?」
突然の出来事に驚くと、魔法陣から黒い球体が現れた。それは俺の胸元に吸い込まれていった。
「ぐぉっ…!」
その瞬間、鋭い激痛が胸に走った。息が詰まる。まるで心臓に針を刺されているような痛みだった。俺は声も出せず、ただその場に倒れ込み、そして意識が途切れた。
目を覚ますと、俺は白い空間に立っていた。四方を見渡すと、目の前に浮かんでいる巨大な黒い眼球があった。浮いているその眼球は、じっと俺を見つめていた。
「……異世界の住人か」
その眼球が、独り言のように呟いた。俺はその異様な光景、状況にただ戸惑うことしかできない。
「えっと…ここはどこなんだ?」
俺は思わず問いかけた、状況がまったく掴めない。
「ここは私の領域だ」
無機質な声が返ってきた。眼球は俺を見つめたまま動かない。その声は頭の中に直接響いてくるような感じがして、何故か背筋が凍りついた。
てか領域ってなんだよ。
「領域……?俺の家に戻すことって出来ないか?」
「いや、お前はもう死んでいるはずだ。あれはそう出来ている」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。俺が…死んでいる?え、俺あれで死んだの?
「俺が、死んでる?」
「そうだ。だが…」
巨大な眼球は一瞬沈黙し、言葉を発した。
「お前は都合が良い。私の眷属となることで生き返ることはできる」
「…眷属?」
「そうだ。私の眷属となり力を分け与えれば、お前は再び現世に戻ることができる。その代償として、私に仕えることになるがな」
生き返る、この言葉に俺は瞬時に引き込まれた。正直何が起きているのかは全然わからないが、答えは一択だろう。
「よく分からないけど、生き返れるならそれでいいや。やるよ」
俺は軽い気持ちでそう答えた。
すると、黒い眼球は微かに揺れ、その表面が不気味な光を放ち始めた。次の瞬間、俺の意識は再び闇の中に引きずり込まれた。
目を覚ますと、俺は再び自分の部屋にいた。さっきの白い空間も、黒い眼球も、どこか夢のようだった。
「……夢だったのか?」
呟きながら周囲を見回すと、視界に入ったのは机の上に置かれた一冊の黒い本だった。
あの古ぼけた、全ページが真っ黒な奇妙な本。俺は無意識に体が硬直するのを感じた。夢じゃないのか…?
「夢じゃないに決まっているだろう」
突然、頭の中に響くあの声。冷たく無機質な声、確実にあの黒い眼球のものだ。俺は思わず飛び上がりそうになった。
慌てて辺りを見回すが、部屋の中には誰もいない。また俺の頭の中に直接響いてくる。
「何を驚いている。邪神である私の眷属となった以上、私の声が聞こえるのは当然だろう」
「そんな常識知らねーよ…」
てことは、これからこいつの声が頭の中で響き続けるってわけか。めんどくさいことになったな。
てかこいつ邪神だったのか。
「で、何だよ。何の用だ?」
「この世界のことについて教えろ」
突然そう言われ、俺は戸惑った。どうやら邪神とやらは俺の世界のことをまるで知らないらしい。
「えっと、どこから説明すりゃいいんだ…?」
俺はとりあえず、現代社会や科学の発展、機械技術の進歩について話し始めた。スマートフォンやインターネット、車や電車の存在も話すと、邪神はまるで未知の生物を見るかのように反応してきた。
そして邪神がいた世界では魔物と魔法があったと言うので、俺の世界に魔法や魔物がいないことも説明すると、彼は驚いたように沈黙した。
「魔法がない? 魔物もいない? そんな世界があるとは信じられん」
「少なくとも俺が知る限り、魔法なんて一度も見たことないぞ。基本名前が出てくるのも架空の物語ぐらいだし」
「奇妙だ。私が支配していた異世界とは何もかもが違うらしい。ここは…あまりにも静かだ。だが暇を潰すには悪くない」
邪神は少し楽しそうに言った。どうやら、封印されていて自由に動けないため、俺のような眷属を使って世界を観察し、暇をつぶしているらしい。そして今は俺しか眷属がいないということだった。
「簡単に死ぬなよ。お前にはやってもらうことがある」
「そんな簡単に死ぬわけないだろ」
俺は半ば呆れたように答えた。死ぬなんて滅多にあることじゃないし、普通に暮らしていればそんな危険に遭遇することもないはずだ。けれど、邪神はどこか不満そうに呟いた。
「それにしても、魔法すらないとはな…信じられん。お前が眷属になったのだから、少し能力を試してみるぞ。外に出ろ」
「外?今もう20時過ぎてるぞ」
部屋の時計を見ると、針は確かに夜8時を指していた。
「構わん。夜ならば余計な目も少なくて都合が良い。さあ、出るぞ」
仕方なく俺はジャケットを羽織って部屋を出た。一人暮らしのこの部屋を後にし、外に出ると空はもうすっかり暗くなっていて、街灯が薄暗い光を放っていた。
邪神に言われるがまま、俺は家の近くにある大きな公園まで足を運んだ。人気の少ない時間帯だからか公園内は静まり返っていて、ほとんど人影が見えない。俺は公園の奥まった場所まで歩いていき、邪神の指示を受ける。
「さて、能力を使ってみろ。お前には私の力が宿っている。黒い球体を生み出せ」
「黒い球体?本から出てきたやつか?」
よくわからないまま、俺は言われた通りに手を前に出し、意識を集中させた。次の瞬間、手のひらの上に黒い球体が浮かび上がった。
「おお、できた。これで何ができるんだ?」
「それを自在に操り、形を変えることができる。まずは何か創ってみろ」
邪神の言葉に従い、俺は球体に意識を集中させた。すると球体はぐにゃりと形を変え、次第に剣の形へと変化していく。
その剣は漆黒の刃を持ち、それを自由自在に動かせる。
試しにその剣を操って振りかぶり、アスファルトの地面に刃を当てると、カキンと音が響き地面に傷がつく。
「すげぇ!」
「まだ始まりに過ぎん。次は盾だ」
同じように意識を集中させると、剣が形を変え、大きな盾へと変化した。
これもまたずっしりと重く、鉄と大差ないように感じる。
「へぇ〜凄いな」
「それだけではない。生き物の形を模して創ることもできる」
生き物?と俺は眉をひそめたが、邪神がその方法を教えてくれたので、俺は試しにスライムを創り出してみた。
手のひらに現れたのは、ぷるぷると揺れる柔らかい黒いスライムだ。
まるでゲームに出てくるモンスターのようで、目の前で動き出すのが不思議だった。
「こいつ、生きてるのか?」
「意思を持って動き、お前の命令に従う。試してみろ」
俺はスライムに「跳ねろ」と命令すると、まるでそれに応えるかのようにスライムはぴょんぴょんと跳ねた。
「可愛い、なかなか良いな」
俺はしばらく黒い球体を生み出して剣や盾、生き物などを創り出す練習をしていた。すると公園の奥の方から突然、女性の悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
俺は声のする方へ駆け出した。暗い公園の中で女性が何かに襲われているのが見えた。それは頭に角を生やした餓鬼のような生き物だった。鋭い爪で女性に襲いかかっている。
「なんだよあれ」
「どうやら魔物と似たような生き物のようだな」
邪神は面白がるように言う、俺はすぐに剣を創り出した。そして黒い剣を餓鬼めがけて放った。
剣は正確に餓鬼の胴に突き刺さり、そいつは怯むとその場に崩れ落ちた。剣が突き刺さった餓鬼は苦しそうに一瞬暴れたが、すぐに息絶えた。
こんな化け物がいるとは、知らなかったな。
俺は怯えたまま地面に倒れ込んでいた女性に声をかけた。
彼女は呆然としていたが、俺の言葉で我に返り、立ち上がってふらつきながらも一目散に公園の出口へと走っていった。俺も少しホッとしたが、問題はここからだ。目の前の餓鬼の死体をどうするか。
こんなものが発見されたら騒ぎになるのは必至だ。
「この死体どうするかな…」
俺は額に手を当てて考え込む。どう処理するのが正解なんだ?警察に連絡しても、こんな化け物の死体なんて普通じゃない。異常なものだって、すぐに大事になるだろう。
「球体を液体状にして、死体に纏わせてみろ」
液体にする? 俺は疑問に思いつつも、言われた通りに手を前にかざし、黒い球体を生み出した。
意識を集中させると、その球体が徐々に形を変え、どろりとした黒い液体に変わった。俺はその液体を餓鬼の死体にかける。
「これでいいのか?」
液体が餓鬼の死体を包み込み、少しずつその形が消えていく。まるで、黒い泥のようなものが全てを飲み込んでいくかのように、死体は跡形もなく消えてしまった。
「今の、どうやら下位の悪魔だったようだ」
「……悪魔?」
「ああ。お前の知らないことも、まだまだたくさんあるようだな」
邪神の言葉に、俺は小さくうなずいた。
「まあ、とりあえず帰るか」
俺は気を取り直して、公園の出口へと向かった。辺りはまだ静まり返っており、街灯の明かりだけがぼんやりと道を照らしていた。
公園を出口の近くで、スーツ姿の男たちが四人、ゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。彼らは俺とすれ違い、目が合うと、一瞬何かを確認するような目つきで俺をじっと見つめた。
「……なんだよ」
俺は軽く不安を感じつつも、気にしないようにしてそのまま歩き続けた。
スーツ姿の男たちは何も言わず、俺をじっと見つめたまま通り過ぎていった。ようやく彼らが視界から消えると、俺は大きく息を吐いた。
「なんだったんだ、あいつら…」
「奴ら、魔力を纏っていた。おそらく悪魔を討伐するために来たのかもしれん。やはりあるのではないか?魔法が」
「悪魔見た後だと否定できないな」
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