第32話


 あれから数分。

 首無し騎士も対応できていない方から仕留めるべきと判断しているようで、オウマが集中的に狙われる状況が続いている。

 颯爽と割り込んでヘイトを稼げれば良いんだけど、いかんせん今の僕では自殺行為でしかない。


 オウマ自身がまったく諦める様子もなく、ひたすら深く深く潜るように神経を研ぎ澄ませていっているのもあって、余計な口出しをすることに強い抵抗を覚えている。

 自分自身があの立場だったらどうだろうか? と自問自答してみるけど、答えは出ない。


 ……うん、僕はオウマじゃないんだからうじうじ悩んでても仕方ないね。

 僕は僕の思うようにさせてもらおう。


「オウマ、バックステップ」


「はっ!」


 僕の指示に従い、即座に後退したオウマ。

 目の前をデュラハンの剣が通り過ぎ、悔しそうに顔を歪めながら着地。

 すでに動き出していた僕はすぐさまオウマの背後にたどり着き、背に手を当てて魔力を流し込む。


「『感覚強化センスブースト』『身体能力上昇フィジカルアップ』」


 その場しのぎの急造魔法だけど、オウマならこれだけで十分ついていけるはず。


「こんなことが……。感謝します、我が主人」


 すぐに自身の身体に起こった変化に気づいたようで、こちらから声をかけるまでもなく自身の感覚を確認している。


「制限時間はおよそ10分ほどだと思う。それまでに決着をつけよう」


「御意!」


 僕も身体強化の出力を上げ、2人揃って首なし騎士めがけて駆け出した。

 それを見て相手も動き出したけど、オウマがきちんと目せんでやつの動きを追っているからしっかりと反応できているのだろう。

 

 再び背後に回り込んだデュラハンの一撃をオウマが振り返りざまに受け止め、できた隙に僕が飛び込み連撃を見舞う。

 すっかり双剣スタイルにハマり、自己流ではあるけど練度だけはそこそこの攻撃は黒馬の前足に命中。

 左右で3撃ずつ、計6撃を叩き込んだことで嘶きをあげながら暴れまわる黒馬。


「まずは脚をもらおう」


 割とフラストレーションが溜まっていたようで、オウマは上昇している膂力を余すことなくつぎ込み回転からの振り下ろしをもって黒馬の胴体を馬鎧ごと両断。

 宣言通り高速移動の要であった馬をつぶし、首無し騎士を地面に引きずり降ろした。


「せっかく我が主人から力をお借りしているのだ、存分に満喫させてくれ」


 咄嗟に馬から飛び降りて攻撃を避けていた首無し騎士が地面に着地すると、煽るように声をかけるオウマ。

 首無し騎士はちらりと動かなくなった黒馬へ意識を向けた後、返事をすることもなく一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。

 心なしかその身に纏うオーラに怒りの色が見える気がするのは錯覚だろうか。


「攻撃は僕が受ける。オウマは攻撃を」


「はっ!」


 あと数歩で互いに間合いに入るという距離で首無し騎士の身体がブレ、次の瞬間には目前に迫り左手に持つ大盾を前に突き出してきた。

 僕も左に持つ変幻の識剣ジャスティフォルで大楯を流しつつ右側に回避。

 首無し騎士はそれを読んでいたように身体を小さくたたみ、コンパクトに回転しつつ右に持つ片手剣を振るう。

 右手の小統の主剣カルンウェナンでいなすと、再び大盾が襲いくる。

 

 両手の剣で掬い上げるように上へ弾くも、盾の死角からすでにこちらへ向けて剣を突き出していた首無し騎士。

 咄嗟に身を捻り回避するが、そこ目がけて大盾が振り下ろされた。

 地面に剣を突き刺し、それを視点に後方へ横回転しながら一度距離をとる。


 うん、なんていうか実戦の中で長い年月をかけて洗練された本物の武術って感じ。

 魔物相手にそんなことを思うなんて、変なのかもしれないけど。


 それから数合、数十合とひたすらに打ち合う中でデュラハンの動きを神経を研ぎ澄まして観察し、模倣し、吸収する。

 僕の今の身体能力じゃ受け流せない攻撃は紙一重で躱し、受け流せるものは全て流す。

 そうして動きを真似、呼吸を覚え、流れをつかむ。

 

 時折やばいシーンもあったけど、そんな時はオウマが気を引いてくれるおかげで難を逃れることができた。

 体感では1時間以上経っている気がするけど、実際にはそれほどの時間は経っていないだろう。

 オウマの強化が途切れた感じがしないからね。

 時間の間隔があやふやになりつつある中、激しい攻防の中で生じる音や身体運びの音だけがこだましていく。


 血湧き肉躍る戦いとはこういうものを指すんだろう、そんな突拍子もない感想が頭のすみを過ぎる中。

 突然にその瞬間は訪れた。


「……?!」


 頭部がなく表情からは感情を読み取れないデュラハンが、一瞬驚いたような素振りを見せる。

 見れば武器のほうが先に耐えられなくなったようで、デュラハンが手に持つ片手剣の刀身が中ほどから砕け宙を舞っていた。

 同じ箇所に負荷がかかるよう意識していた結果が、ようやく実を結んでくれたようだ。

 

「とても良い勉強になったよ。ありがとう」


 瞬間的に今の僕が使える最大限の魔力を二本の剣に魔繵わせ、切断力を極限まで高めた上での交差斬り。

 デュラハンの両肩から袈裟がけに2本の剣線が走り、身体を4つにすると霧に包まれ魔石へと姿を変えた。


「お疲れ様でした、我が主人。お見事です」


「オウマもお疲れ様。びっくりするくらい強かったね」


「修行不足を痛感いたしました。より一層励む所存です」


 少し悔しそうに、それでいてどこか嬉しそうにそう告げるオウマ。

 その本心はわからないけれど、きっとまだ見ぬ強敵がいることがわかり燃えているのかもしれない。


「良い戦いだったな。まだまだ月涙の底がしれないことが心強くもあり、また楽しみでもあるよ」


 そう言ってくくっと嬉しそうに笑いながら氷緒さんがこちらへ歩いてくる。


「……技量の向上が凄まじい。すっかり双剣使い」


 水鏡さんは今の戦闘の熱に当てられたようで、シュッシュっッと素振りしていち早く自身の糧にしようとイメージしているようだ。


「月涙っちたちなら大丈夫って信じてても、やっぱりヒヤヒヤすんねぇ……。とりま怪我治しちゃうよ」


 北見さんは心底安心したと言った様子で胸を撫で下ろしたあと、僕とオウマについた傷をちゃちゃっと癒してくれる。

 深くはないとはいえ至る所にあった細かな傷を全て一瞬で治すなんて、ここにきて更に技術が向上してるようで何より。


「お疲れ様でした。手に汗握る戦い、と、とても素晴らしかったですっ!」


 西野さんはやや紅潮した顔で僕たちにそう告げたあと、ずずいっとオウマへにじりよった。

 うん、まさかとは思ってたけどまさかまさかなのかな?

 様づけで読んでたし、西野さんはオウマに弟子入りしたい……?!

 そういえば氷緒さんが西野さんにオウマがタイプなのかと聞いていたし、オウマの戦闘スタイルに憧れがあったんだね。


 僕が理解しちゃったぜと思っていたら、西野さんを除く女性3人にジト目を向けられたあと力無く首を横に振られた。

 さすがにこっちはなぜだかわからない。解せぬ。

 仕方ない、ここは大人として気付かぬフリをして話題を逸らそう。


「さて、次はどうしますか……と聞ければ良かったんですけど。

 ここに来て帰還の扉が出現しないということは、10つ目のステージは強制参加っぽいですね」


 僕の視線の先には、言葉通り扉が1つだけ出現していた。

 今までと違い、しっかりと装飾が施された両開きの観音扉。

 9つ目までにはあった扉の上の案内板がついていないから、帰還一択の可能性ももちろんあるんだけど……。

 

「チュートリアルをクリアしたときでさえ案内があったんだ、今回出なかったということは“まだ”と考えるのが妥当だろうな」


 真剣な眼差しで扉を見据える氷緒さんの言葉に、こくりと頷く一同。


「……すぐに扉に飛び込める位置で休息を取ろう。今のままじゃ勝てるものも勝てない」


「そうだな。頼ってばかりで申し訳ないが、月涙とオウマ殿が主力になるだろう。見張りは私たちで行うから、少しでも身体を休めてほしい」


 氷緒さんの言葉に甘え、休むこと10分と少し。

 魔力の消費による気だるさが多少抜けてきたかな、なんて思い始めた頃。

 何気なく扉へ視線を移すと、驚きの光景が目に飛び込んできた。


「ねずみが扉を食べてる……?」


 訳がわからなすぎて思考が停止してしまい、ぽけーっとその光景を眺めたまま言葉をこぼす僕。

 ほんとに言葉のまんまなんだけど、小さなネズミが大量に扉の隅に群がりガリガリガリとすごい勢いでかじっているのだ。

 すでに目視でわかるほど形が変わり始めているから、おそらくそう長い時間をかけずあの扉を食い尽くすだろう。

 そのせいかわからないが、なんとなく扉が透けてきている気さえする。


 あまりの光景にあのオウマでさえ思考が止まっているようで、誰一人言葉を発しない。


「なんとなくやな感じがしますね。休憩は終了、扉に急ぎましょう」


 いち早く現実を受け入れられた僕の言葉に続き、我を取り戻したみんなと慌てて扉へと駆け出す。

 あのねずみたちが標的をこっちに変えてきたら嫌だなと思いつつ、存在を認識しているにも関わらず今だに気配を感じないことに寒気を覚えた。


 考えてみれば、今の僕たちは全員がこれまでの激戦の影響もあり神経が昂り感覚が研ぎ澄まされている。

 それこそ数メートル先で足音すら立てずに動く虫にすら反応できるんじゃないか、というほどに。


 そんな僕たち6人全員が、目と鼻の先程度の距離しかとっていないにもかかわらずあれだけ大量に群がるネズミに気づかないことなんてあるだろうか?


 足を前に出しながらも疑問は拭えず、それでもあともう数歩で届くというところで扉に異変が生じる。

 咄嗟に足を止めるとノイズが走ったかのように不規則に扉が揺らぎ、次の瞬間にはパッと画面が消えるようにねずみもろとも扉が消滅してしまうのだった―――。


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祝☆10万PV&1000フォロワー突破♪♪

歴代作品の中でも最速な気が……??

本当にありがとうございますー!


1章完結まで走り抜けますので、少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたら☆☆☆やフォローで応援いただけるととても嬉しいです!

みなさまの応援が力になり、執筆のモチベーションにつながるのでぜひ!

1章までは定期的に更新していく予定なので、今後ともよしなに!

現在更新は滞ってますが、別作品もいくつか連載中なのでそちらもよければ!!

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