女の子を助けたら、クラスの女子に子育てのアドバイスをする事になった
宮田弘直
中川姉妹
それは突然の出来事だった。
僕こと新島優は桜が散った桜並木を歩きながら学校から家に帰っている途中で、公園の前を通り過ぎようとしていた時だった。
「美春! 待って!」
公園の中から女性の大きな声が聞こえた。
僕は声がした方へ目を向けると小さな女の子が公園の入り口に走って向かっていた。
公園から出ると歩道を挟んですぐ道路になっていて、このままでは小さな女の子が道路に飛び出してしまう可能性が高い。
僕は公園の入口に走って向かうと、女の子の前に回り込んだ。
子どもは小さいので後ろからだと止めようとした手が空振りしやすいし、腕を掴んで引っ張ると子どもの腕が抜けてしまう可能性があるので危険だ。
女の子は、僕に気付くと方向を変えようとしたが、それより先に僕は一歩踏み込むと、女の子の脇に手を入れて抱き抱えた。
「よいしょ!」
抱き抱えると、女の子は初めのうちは、「いやだ!」と、言って、僕の腕を振り解こうとしていたが、やがて振り解かないと分かったのか大人しくなった。
見ず知らずの男が女の子を急に抱き抱える事は良くない、と分かってはいたが、女の子が車に轢かれてしまうよりは良いだろうと判断だった。
「うちの妹がすみません!」
焦った女性の声が聞こえたので、僕はそちらを向いた。
その瞬間、僕は固まった。
なんと、僕の方に向かって来た女子が……
「……中川さん?」
「えっ? 新島君?」
クラスメイトの中川詩織さんだったのだ。
その後、僕らは入り口で話す訳にはいかないという事で、公園内のベンチに移動していた。
「美春、なんで飛び出したの?」
中川さんが聞くと、美春と呼ばれた少女はそっぽを向いてなにも答えなかった。
美春ちゃんを見ると、おそらく三歳位だろう、と僕は考えた。
「美春」
中川さんが美春ちゃんに答えを促そうとしたのを僕は手で制した。
この位の年齢だと、自分の言葉を口に出来る子は少ない。
僕の妹は、嫌だった事を上手く言葉に出来ず、僕が顔を覗き込んだタイミングでグーパンチをしてきたのだ。
それに比べると美春ちゃんの態度は可愛いものだ。
僕はしゃがむと口を開いた。
「美春ちゃん、まだ遊びたかった?」
公園で帰りたくない理由だとだいたいこれだろう、と予想して尋ねると美春ちゃんは小さく頷いた。
「美春ちゃんは何して遊んでいたの?」
明るい口調を意識しながら聞くと、美春ちゃんは僕に視線を合わせて小さく口を開いた。
「……お姉ちゃんと追いかけっこ」
僕は大きく頷いた。
「そうか、そうか。お姉ちゃんは早かった?」
僕が聞くと美春ちゃんは大きく首を横に振った。
「ううん、お姉ちゃんも速かったけど、私の方が速かった!」
美春ちゃんは胸を張ると笑顔で言った。
その様子を見て、気持ちの切り替えは出来ただろう、と僕は考えた。
「そうしたら、お姉ちゃんに、お口で、『まだ、遊びたかった』ってお話すれば良いんだよ。さぁ、言ってごらん」
美春ちゃんは僕の言葉を聞くと視線を中川さんの方に視線を移した。
「……お姉ちゃん、まだ遊びたかった」
中川さんは、美春ちゃんの言葉に頷くと優しい口調で話し始めた。
「そうしたら、後一回だけ追いかけっこしたら帰ろうか。お約束出来る?」
中川さんの言葉に笑顔で頷くと、美春ちゃんは僕の手を引っ張った。
「この子も一緒にやる」
「この子じゃなくて、新島さん、だよ」
「にいびま……」
中川さんが僕の名前を伝えるも、美春ちゃんは上手く言えず苦戦している。
「美春ちゃん、僕の名前は優だよ」
「……優君!」
新島より言いやすいと感じたのか、美春ちゃんは元気良く僕の名前を呼んだ。
「うん。それで、どうやって追いかけっこをするの?」
「えっとね、私がお姉ちゃんと優君を捕まえるの」
美春ちゃんに捕まるまで終わらないという事だろう。
僕はある程度逃げたら捕まろうと思った。
「よーし、追いかけるよ!」
美春ちゃんが元気良く言って追いかけっこが始まったのだった。
追いかけっこが、終わると、中川さんの、「帰るよ」という声掛けに美春ちゃんは素直に従う事が出来ていた。
ただ……
「優君と帰る!」
美春ちゃんは僕の腕に抱き付くとそう言い始めた。
中川さんは、どうしようか、と聞くように僕を見てきた。
「家はどの辺なの?」と、僕は中川さんに尋ねた。
「公園の近くなの」と、中川さんは言うと、指で方向を示した。
その方向は、僕の帰り道と同じだ、と思うと、美春ちゃんの方を向き、口を開いた。
「僕もそっちの方だから一緒に帰ろうか」
僕が伝えると、美春ちゃんは笑顔で頷き、僕の手を握ると、もう片方の手で中川さんの手を握った。
なんだか家族みたいで恥ずかしくなっていると、「しゅっぱーつ!」と、美春ちゃんの号令の下、中川さんの家に向けて歩き始める。
中川さんは歌いながら歩いている美春ちゃんを一度見ると、僕に話しかけてきた。
「新島くん、美春を助けて貰っただけじゃなくて、一緒に遊んでもくれて、本当にありがとう」
「気にしなくて良いよ。僕も妹がいて、もう小三なんだけど、妹の小さい頃を思い出して楽しかったよ」
「だから、美春の相手も上手だったのね」
「ただ、慣れていただけだよ」
そんな話をしていると、中川さんの家に着いた。
「新島君、今日は本当にありがとう。また、明日学校でね」
中川さんが微笑みながら小さく手を振ると、「優君、またね!」と、美春ちゃんが満面の笑みで大きく手を振った。
僕はそんな姉妹を可愛らしく思いながら、手を振り返すのだった。
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