夢への研究
夕玻露
研究発表⓪(辺境の地にて)
「私には好きな人がいた」
寝静まった住宅街で、そんな言葉を耳にした。前方に2人組の男。おそらく、彼らの会話が聞こえてきたのだろう。私は、探偵を生業としているため、職業柄、人の会話は聞きたくなくても聞こえてきてしまう。しかし、最近の探偵業は、刺激が足りず、気が抜けてしまっている。今回の浮気調査でも、不倫相手を見つけたまではいいものの、ホテル街に入ったところでスマホの充電が切れ、決定的瞬間を取り逃してしまった。僕は、明日なんて説明をしようかと、途方に暮れて帰っていたのだが、そんな面白そうな話を聞いてしまったからには、無視して帰るわけにもいかない。甘酸っぱい恋バナを聞かせてもらって、荒んだ心への貴重な刺激にさせてもらおうじゃないか。そう心に決めた僕は、彼らの少し後ろをつけて歩き、静かに彼らの会話を聞かせてもらうことにした。どうやら、研究発表があるらしい。私が望んだ話ではなかったが、この話も探偵としては、見過ごせる話ではない。先ほどの言葉も発表会のキャッチフレーズの一つであった。その他の情報といえば、日にちと場所くらいで、研究内容ですら、まだ未発表らしい。ただ、人類の夢に大きく近づく内容とのことだ。今の僕に、これほどまでの美味しい話はないだろう。急いで家に帰り、情報収集を始めるとしよう。それから僕は、浮気調査をする傍ら出向いた先で情報収集に励んだ。だが、結局新しい情報は得られなかった。
それから数日、何も進展のないまま発表会当日を迎え、僕は人里離れた静かな廃墟に訪れた。ここは昔、映画館として多くの人々を楽しませていたようだが、かつての巨大地震により、周りの建物は崩壊し、人々は去り、以前の活気は見る影もなく、今では動物や虫たちの街に変わってしまった。もちろん、映画館のまわりも例外ではなく、一面は草が生い茂り、この映画館もいつ崩れてもおかしくない状態であった。ほんとにこんな場所で発表会が行われるのかと思いつつ、扉を開けると、かつての活気を取り戻したかのような光景を目にした。館内は光に満ちており、壁には傷ひとつなく、床にはきれいな赤のカーペットが館内を案内するように敷かれていた。まわりを見渡すと、レトロなポップコーンメーカーや旧型の発券機などが並べられていながらも、最新鋭の機材もところどころに揃えられている、過去と未来が混在している空間であり、少し気味が悪い。今にでも、映画を見終わった人々の談笑が聞こえてきてもおかしくはなかったが、実際は私と同じようにこの空間を前にして、戸惑っている者が数名いるだけだ。その後、導かれるようにカーペット沿いに歩いてゆくと、少し豪華な扉の前に立たされた。この奥は劇場だろう。僕は少し躊躇いつつも、扉を開けた。開けた奥の世界には、巨大なスクリーンに、数えきれないほどの座席、そして男性が壇上に立っていた。
「ようこそ、お越しくださいました。立っているのも何でしょうから適当にお座りください」
そう挨拶したのは、今回の研究発表を企てた、研究者の加賀美博士だ。彼は、とある研究をしていた最中、急に姿を晦ませ、行方不明となっていた人物だ。調べると、彼が行方不明となったのは、5年近く前のようだったが、容姿は変わっていないように思えた。僕は、こんな何もない地域で、以前の容姿を維持し続けることができたことを不思議に感じつつも、羨ましく思った。
「それでは、改めて挨拶をさせていただきましょう。本日はお足元が悪い中、お集まりいただきありがとうございます。こんな辺境の地に足を運ぶということは、皆様も物好きですね。私は加賀美といい、この発表会を開いた張本人である。以前の私は、生物の博士として業界では、少し名を馳せていて、最年少でのノーベル賞受賞に最も近い男とも呼ばれていたが、研究のために、今はこんな辺境の地でほそぼそと暮らしている。しかし、今回の発表によりこんな生活ともお別れです。それでは、これから大学院生の頃から地道に行っていた研究の動画の動画をご覧いただこう、スクリーンにご注目ください」
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