第38話番外編 私の大聖女さま(Byモリ―)
こんなに長い夜があっただろうか。いつもなら深い眠りにつくはずの森の住民たちも、モリ―の不在に不安を募らせていた。―――――守り人である彼がこのノキニアの森から出ていくというのは余程の事が起こったのではないか?と。
しかし、モリ―がジョルジュの亡骸と共に戻ってくると、森は何もかもを察したかのように落ち着きを取り戻し、いつもの静寂が訪れた。
―――――――
モリ―はフレド達が去った後、ジョルジュが好きだった花を摘みに行った。――――弟の好きだったブルーの花を・・・。
ノキニアの森は死者の森、または楽園と呼ばれる。肉体の死を迎えた魂はここで転生の時を待つ。――――この女神様の作った神聖な森をノキニア家は大切に守って来た。穏やかな時の流れに身を任せて。
モリ―がこの地に生まれたのは四百六十二年前。外の世界で暮らしている人間の年代で言うなら二十代くらいだろうか。そして弟、ジョルジュは百十五年前に病気でこの世を去った。
亡骸を奪われたと気付いたのは、ブロストがベリル教団の教皇に就任したころである。
その事実を知った時、あまりの衝撃で上手く息が吸えず胸が苦しくなり、視界もグニャリと歪んで足元から崩れ落ちるように気を失ってしまった。――――死者を冒涜する男が聖なる場所、大聖堂を掌握してしまうとは世も末。しかし、どうしようも無かった。何か特別な力を持つわけでもないモリ―では、ブロストに対抗することが出来なかったのである。
――――時は過ぎ、ノキニアの森に当代の大聖女がふらりと現れるようになった。
彼女の名はセレスティア。その彼女の後見人は現教皇ブロストである。セレスティアはカミーユ・ロードス帝国のどこかで生まれた。ブロストは彼女の両親へ大金を渡して、大聖堂へ連れて来たと周囲に伝える。そして、彼女の出自は秘匿とされた。ただ、モリ―はセレスの出自を知っている。これは教皇の弱点を掴みたくて独自に調べたからだ。いつか、セレスが知りたいと言えば、快く教えようと思っている。
当初、モリ―は彼女のことを観察し、ノキニアの森の害となるような人物だった場合は排除しよう考えていた。しかし、彼女は思いやりの心を持つ優しい女性だった。
その上、モリ―の目の前でこの国の皇帝陛下とセレスは恋に落ちていって・・・。見ているこちらがむず痒いような恥ずかしいような気分になることもしばしばで・・・。やがて、恋は実り、彼らは先日婚約した。――――上手く行って良かったとモリ―が密かに安堵したことを二人は知らない。
「ああ、良かったです。きれいに咲いていますね」
青い花が群生している場所にモリ―は辿り着いた。腰を屈めて丁寧に青い花を摘んでいく。
「ジョーは喜んでくれるでしょうか・・・」
穏やかな笑みを浮かべて、両腕で抱えきれないほどの花を抱え、モリ―は墓地へ戻っていった。
――――まだ夜は明けていない。
弟を想いの兄は青く美しい花を弟の墓石へ供えた。兄は祈りを捧げる。
「ジョー、大聖女のセレスさまと陛下があなたを救って下さいました。無力だった兄を許してください・・・」
この瞬間、暗闇が和らぐ。穏やかな光が地平線から湧き上がって来て、辺りを明るくしていく。――――夜明けである。
「何というタイミングなのでしょう。――――新たな一日、いえ、新たな時代が幕を開けました。ジョー、あなたに伝えておきたいことがあります。私はこれから大聖堂を率いて行くセレスさまへお仕えしようと心に決めました。彼女と陛下がつくっていく新しい時代のお手伝いをしてみたくなったのです。きっと、ノキニアの森も賑やかになるでしょう。楽しみにしておいてくださいね」
覚悟を決めたモリ―は後日、セレスへ『今後、ノキニアの森の守り人モリ―は大聖女セレスティアさまへお仕えいたします』と伝えた。
しかし、『モリ―は守り人のお仕事で忙しいでしょう?困った時はお願いするかもしれないけど、今は大丈夫よ~!』と、セレスからあっさりお断りされてしまったのである。
――――セレスがそういう人だということをすっかり忘れていたモリ―は苦笑いするしかなかった。
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