第37話36 エピローグ
厳しい寒さが終わり、ノキニアの森に春が近づいている。
最近のカミーユ・ロードス帝国は皇帝フレドリックが次々と新しい政策を発表し、死神皇帝という悪しき二つ名を耳にしない日も増えて来た。
また山奥の村や鄙びた漁村に皇帝夫妻らしき人物が突然、現れたという噂もチラホラと聞こえてくるが、皇宮はこれを完全否定している。
大聖堂は大聖女セレスティアがトップとなり、母体はステラ会という名になった。
――――ステラ会は『祈りの大聖堂』と『癒しの聖堂』という二本柱で経営していく。
祈りを捧げたい者は大聖堂へ自由に出入りしていい。癒しを受けたい者は各都市に設置された聖堂で神官による癒しの施術を受けられる。施術金額も公表し、貴族も平民も関係なく同額だ。これは安い価格にしているということである。
そして、ステラ会が自ら寄付金求めるようなことは今後一切しない。ただし、先方から寄付をしたいと言われたら有難くいただく。
「セレス様、本日は一体、何を・・・」
セレスがイーリスの泉の水を瓶に詰めようとしたところへ、長老ウサギのモリ―が現れた。ウサギとは言っても彼は最近、人の姿をしている。その理由はセレスと会話をするためなのだとか・・・。
それはそれで嬉しいのだが、セレスは彼のウサギ姿も大好きなので、その姿が見れないのは少し寂しい。
――――そのモリ―が、セレスの手元を凝視している。
(ああ!!最悪なタイミング!!変なことをしているわけではないと説明しなければ・・・)
「あのね、これには理由があるの!!」
セレスはモリ―に事情を話す。
今回の目的はこの泉の水を使って様々な効果を付与したポーションを作るということ。これが上手く行けば、セレスが働けない時でも聖女が大聖女の代理人として神聖力ポーションを使用すればいいし、聖堂の神官クラスでも専用ポーションを利用すれば、解毒治療くらいは簡単に出来るだろう。
――――肝心のポーションは大きく分けて神聖力ポーションと専用ポーションの二種類。神聖力ポーションは濃度を少しずつ変えたものを作る。専用ポーションは症状別に数種類用意しておけば十分だ。
先日、大聖女以外の職員には神聖力がないということを世間に公表した。ベリル教団が廃されたことでこの隙に神聖力を騙った便乗商売しようと目論んでいる者たちへ釘を刺したというわけである。
その結果、セレスの肩には多くの仕事がのしかかることになってしまった。ステラ会の経営をしつつ、人に癒しを与え、諸々の施術をする。
そして皇帝陛下の后として、国の行事に参加することも増えた。フレドリックが話していた通り、皇宮から出て行かないといけない仕事は少ない。だが、一つ一つの式典や儀式がしっかりとしたものなので、万全の準備が必要なのだ。
「セレス様と同じ様なことをイーリス様がなさっていたと文献で読んだことがありますので、ここの水を汲むこと自体に問題はありません。どうぞ、お好きなようにお使いください」
サラサラの髪を靡かせながら、モリ―は告げる。
「ありがとう、モリ―。堂々と汲ませていただきます!!」
「どういたしまして、セレス様。あ、陛下がお見えになりましたね」
セレスはモリ―の視線の先へ、目を向けた。
(あっ、本当だ!!大臣達との会議はもう終わったのかしら。それから・・・、あれは何?)
フレドは大きな荷物を抱えて、大股で近づいて来る。
「セレス!!また、そんな薄着で・・・。春が近づいたとはいえ、まだ寒いのだから。これを・・・」
彼が抱えていたのはセレスのコートと防寒具だった。
「ありがとう。でも、今はちょっと間が悪いの。少し待ってくれる?」
セレスは小瓶を泉に沈めて水を汲んでいる最中である。――――彼女の手が冷たい水の中に浸かっているのを目の当たりにしたフレドは絶句した。
「あり得ない!!俺が代わるから、今すぐ止めてくれ!!」
フレドはセレスから取り上げた小瓶を、流れるような所作でモリ―へ渡す。次にセレスの手を優しく掴んでハンカチで手際よく拭き上げた。そして、彼女にコートを羽織らせるとボタンを上から順に留めていく。最後は・・・、彼女をギュッと抱き締めて温める。
「フフフフッ。陛下は随分、過保護でいらっしゃる・・・」
瓶を片手に、モリ―はクスクス笑っている。
「いや、そうかも知れないが・・・。セレス、冷え切っているじゃないか」
セレスは完全に冷え切っていた。フレドは彼女の頬へ自分の頬をくっつける。
「―――――フレド!すごーく、暖かい!!」
「あーあ、もう!!頼むから薄着で出掛けるのは止めてくれ。身体を冷やすなと、あれほど言われていたのに・・・。また侍医に怒鳴られるぞ!」
「あーっ、怒鳴られるのはちょっと・・・」
セレスはフレドと頬を合わせたまま、首を左右に振った。
セレスは先日、侍医シェスターマンに『妊婦が身体を冷やすではない!!大切な命を危険に晒しているようなものだぞ!!』と激しく注意されたばかりだ。シェスターマンは医者としての信念があるので、相手が大聖女だろうと容赦はしない。セレスはこの時、流石に反省したのだが・・・。
「セレス、俺に出来ることなら何でも手伝うから、あまり一人で無理をするな」
「うん、心配を掛けてごめんなさい。イーリスの泉の水が必要だったの」
「分かった。俺が汲むから、ショールの上に座っていてくれないか」
フレドは草の上にショールを二枚敷くとその上にセレスを座らせた。そして、モリ―から小瓶を受け取るとそれを泉へ沈めて、水を汲み始める。
――――モリ―は二人のやり取りを微笑ましく眺めていた。
近い未来、イーリスの森はもっと賑やかになるのでしょうねと考えながら。
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