第26話25 大聖女は死神皇帝の側近を慮ります
謁見の間、もとい謁見室(国内の客人専用)は、セレスティアが想像していたよりもかなり広かった。室内は落ち着いた色合いで整えられ、勇ましい騎馬の彫刻や、かなり大きいサイズの戴冠式を描いた絵画も飾られている。ただ、奥の壇上に皇帝陛下の玉座はあるものの来客用の椅子は見当たらなかった。どうやら来客は立ったまま、皇帝に話しかけるというスタイルなのようだ。ちなみに謁見の間というのは他国の貴賓と会う部屋のことなのだとか、兎に角この部屋とは違うらしい。
(謁見室という名だけど、この広さ!!十分、大広間じゃない。ということは謁見の間はもっと広いのかしら。皇宮は凄いわね)
謁見室に入ったのはフレドリックとセレスティアの他、側近のミュゼとブルックリン、そして、大聖堂からセレスティアを護衛して来た第一騎士団の団長ノルトとその部下の五名だった。
「では、謁見の準備をします。大聖女様、少々お待ちください。」
ミュゼはセレスに一言、断りを入れてから、第一騎士団へ指示を出す。 五人の護衛は部屋の入口と窓辺、そして玉座の斜め後ろに分かれて立ち、ミュゼとブルックリンは壇下の右側へ。フレドリックはサッサと壇上に上がり、玉座へ掛けた。後から入場するなどという手間は取らないらしい。そして、セレスティアの後方には団長ノルトが立つ。――――セレスティアはその場で皆の動きを何となく眺めていた。
(まさか裏方の動きを見られるなんて思わなかった。ああ、もしかしたら、私がひとりで来たから?付き添いの侍女や専属護衛騎士が居たら、他の部屋で用意が出来るまでお待ちくださいと言われたのかも知れないわね。だって、皇宮の職員は男性ばかりだったもの。私と二人で部屋に置くというのは色々と問題があるわよね)
「では、始めましょう。大聖女様、本日は皇宮へようこそ。私は陛下の側近を務めておりますルモンド侯爵家の当主ミュゼと申します。以後、お見知りおきを」
「初めまして、ルモンド侯爵さま。大聖女のセレスティア・ステラ・メルトンです。よろしくお願いします」
セレスティアはミュゼにニコっと微笑み掛ける。いつも眉間に皺を寄せているミュゼの顔がわずかに緩んだのをフレドリックは見逃さなかった。
「大聖女どの、ルモンド卿に気を遣わなくていい。バルマン卿、挨拶をしろ」
フレドリックが割って入る。セレスティアは笑いそうになってしまったが、何とか堪えた。
「ご紹介に預かりました。私はバルマン侯爵家の長男ブルックリンと申します。大聖女様、よろしくお願いいたします」
「バルマン侯爵令息さま、どうぞよろしくお願いいたします」
ブルックリンはセレスティアに微笑み掛けられて、顔を赤くする。
「第一騎士団は自己紹介をしたか?」
「いえ、私だけしか名乗っておりません」
ノルトが答えると、フレドリックは騎士を指差しながら、ルイージ、アルフォース、チェイズ、リック、ベルナールと五人の名を呼んでいく。彼らは「はい!」と元気よく返事をした。ただ、フレドリックは彼らの名前しか言ってくれなかったので、家門は分からない。
(いつもこんな感じなのかしら、側近より皇帝が場を取り仕切っているような気がするのだけど・・・)
気付けばフレドリックが司会者のように場を切り盛りしている。しかし、いつものことなので側近たちはそれをおかしいと感じていなかった。その原因は至ってシンプル。新皇帝が大粛清をした結果、皇宮は人員不足に陥り、各自が出来ることをするという習慣がついてしまったからだ。――――先代皇帝の御代までは、来客と皇帝が直接会話をするなど、あり得なかった。まず側近が皇帝の言葉を聞き、それを皆に伝えるという回りくどい方法が一般的だったのである。
「大聖女どの、本日の謁見の目的を述べよ」
(よし、いよいよ今日の本題ね。きちんとお礼を伝えよう)
「はい、皇帝陛下。わたくしはお礼を申し上げるために参りました。先日は大聖堂へ第四騎士団を迅速に派遣して下さりありがとうございました。また、ベリル教団の不祥事はお詫びの言葉もございません」
ミュゼは二人の会話が突然ビジネスライクになったので、万年筆を懐から出して、謁見記録簿へ記していく。――――人手不足のため、彼は書記の役割もこなしている。
「礼は受け取る。しかし、ベリル教団の幹部が引き起こした事件と大聖女どのは無関係だろう。あなたは彼らから銀貨一枚しか月給を与えられなかった。これは常識では考えられない金額だ。従って、大聖女はベリル教団に金銭を搾取された被害者であると私は認識している。故にお詫びの言葉は要らぬ。今後、大聖女どのをトップとした清く正しく人々に愛される大聖堂に生まれ変わることを帝国は願っている。それに伴う支援や協力は惜しまない。要望があれば、ロドニー伯爵を通じて提出するように」
「はい、ご配慮いただきありがとうございます。ロドニー伯爵にも大変お世話になっております。帝国のご期待にお応え出来るよう、帝国民の祈りと安らぎの場として相応しい大聖堂を目指し、聖女たちと力を合わせて立て直して行きたいと思います。ご協力のほど、よろしくお願いいたします」
ここまで話したところでフレドリックは突然ミュゼの方を見た。
「形式的にはこれくらいでいいだろう。ここからは記録しなくていい」
この言葉を聞いてセレスティアは今までのやり取りが記録されていたということに気付く。
(うわ~、フレドが急に真面目な口調で話し出したから合わせたけど、危なかった!!)
「はい、記録はここまでにいたします」
ミュゼは万年筆を懐にしまい、謁見記録簿も閉じる。
「セレス、この後の予定は?」
「今日の午後はロドニー伯爵が大聖堂に来られるわ。それまでには大聖堂へ戻りたくて。それでひとつお願いしたいことがあるのだけど・・・」
「お願いが・・・か。セレス、その話は執務室で聞く。いいか?」
フレドリックは第一騎士団が居る前で余り私的な話をするのは好ましくないと考え、場所を変えることにした。――――しかし、既にフレドリックと大聖女が互いに愛称で呼び合っているのは彼らに聞かれている。この二人のやり取りは程なく噂となるだろう。
「ええ、それで構わないわ」
「これをもって謁見は終了とする。ミュゼ、ブルックリン戻るぞ。第一騎士団は早朝からご苦労だった。解散だ」
「はい、承知いたしました」
ノルトは返事をし、ミュゼとブルックリンは頷いた。
―――――――
「陛下、大聖女様、私の勘違いでしたら申し訳ございませんが、お二人は以前からお知り合いなのでしょうか?」
執務室へ入るなり、ミュゼは二人に向かって質問した。セレスティアは答えるべきかどうか迷う。フレドリックと口裏を合わせて無かったからだ。――――セレスティアはフレドリックの袖を引いた。彼は少し屈んで、セレスティアの耳元へ囁く。
「済まないが話を合わせてくれ。ノキニアの森以外は話す」
(ある程度は話すけど、ノキニアの森は秘密ということね)
セレスティアは「分かったわ」と小声で返した。
「これから話すことは他言無用にして欲しい・・・」
フレドリックはミュゼとブルックリン、それぞれの顔を見る。
「はい、口外いたしません」
即答したミュゼに対し、ブルックリンはモジモジしている。
「約束出来ないのなら、退室してもらうぞ」
「あ、いえ、トレイシーについ話してしまいそうで・・・」
(トレイシーって誰?)
セレスティアは小首を傾げる。
「セレス、トレイシーはロドニー伯爵の孫だ。口は禍の元というのを体現したような奴だ」
「――――そうなのね」
(トレイシーさんは余計なことまで言ってしまう人ということかしら?隙のないロドニー翁とは随分違うのね)
「ブルックリン、俺の側近になったのだから、そこは口外しないとハッキリ言って欲しいのだが、無理か?」
フレドリックは彼を部屋から追い出す前に、最後の確認をした。するとそれまでモジモジしていたトレイシーが意を決したように、シャキッ背筋を伸ばしフレドリックに向かって宣言する。
「はい、絶対に口外いたしません。トレイシーとは友人をやめます!」
執務室から数秒、音が消えた。フレドリックとミュゼは頭を抱えるような仕草をしている。
「あ、あのう、そこまでなさらなくても宜しいのでは?」
セレスティアはつい口を出してしまった。話ひとつ聞くために友人をやめるのは行き過ぎだろうと思ったからだ。だが、セレスティア以外の三人は彼女の意見に賛同しようとしない。そして、フレドリックの一言が更に追い打ちをかける。
「いや、いいんじゃないか。この際、トレイシーは出禁にしよう。今後、執務室にあいつを入れるのは止めよう」
(友人をやめるとか、出禁にするとかトレイシーさんって、そんなに問題児なの?)
「陛下が冗談を言われるなんて・・・」
ミュゼは驚きで言葉が続かない。そんなミュゼを置いて、フレドリックは話を始めた。
「俺たちの関係だが、そう難しい話ではない。俺とセレスは恋人だ。婚約の話が出る前から二人で会っていた」
「は!?いつそんな時間がありました?もしや、陛下はお二人居るのですか?」
真面目な顔でミュゼが問う。ボケているのか本気で言っているのかが分からなかったので、セレスは聞き流した。
「休憩すると言って部屋を出た時は大体、セレスに会いに行っていた。別に時間はあったぞ」
「いえ、それは最低限の睡眠を確保するためのお時間だったのでは?どうして、そんな生活をして生きていられるのです!?私なんて、五分十分の隙間を見つけては仮眠して乗り切っているのに!!」
興奮した口調でミュゼが何故?と何度もいう。セレスは少し彼の疲れを取ってあげた方がいいかも知れないと思った。
「ルモンド侯爵さま、宜しければお疲れを癒しましょうか?」
セレスティアはミュゼの方へ手を伸ばす。意味が分からないミュゼはポカンとしていた。
――――セレスティアはミュゼの手の甲を掴むと、一気に神聖力を流し込んだ。
(ルモンド侯爵様、よくよく見たら目の下のクマがどす黒くて死んでしまいそうだわ。いつものフレドよりも状態が悪い気がする)
執務室内に妙な沈黙が流れる。フレドリックはセレスが突然、ミュゼの手を掴んだことにショックを受けたし、ブルックリンはそれを羨ましいと思っていた。
「はい、完了しました。どうでしょう。かなり視界が良くなっていませんか?」
「うおおおお!!!確かに!!あの書棚の背表紙が読めます。うわっ、何なんだコレ!?身体も軽い!!」
ミュゼはその場でピョンピョンと飛んだ。
(まるでモリ―みたいだわ、ウフフフ)
セレスはクスクス笑う。
「セレス、何かしたのか?」
フレドリックはこめかみを押しながらセレスティアに尋ねる。
「ええ、神聖力を流し込んだの。人はこれを癒しというわね」
「もしかして・・・(俺にもしたのか?)」
フレドリックが言い掛けたところで、セレスはコクリと頷いた。
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